経済・企業 株主代表訴訟

オリンパス深圳工場贈賄疑惑②東京地裁の証言席に歴代社長・会長ら登壇――追及される不透明コンサル契約の「黙認・加担」

東京地裁中目黒庁舎(2024年7月10日午前、東京都目黒区中目黒2丁目で、奥山俊宏撮影)
東京地裁中目黒庁舎(2024年7月10日午前、東京都目黒区中目黒2丁目で、奥山俊宏撮影)

 7月10日、東京地裁中目黒庁舎の301号法廷で、日本の大手精密機器メーカー、オリンパスの現会長、元会長、元社長、元専務の4人が証言台に立った。

 2011年に発覚した1千億円超の巨額損失隠し事件を経て、経営体制が一新された12年4月にオリンパスの取締役に就任したのがその4人。うち元会長と元専務は、メガバンクでの長年の経験を買われて外部からオリンパスの経営中枢に入った人物だ。生まれ変わったオリンパスを体現するはずの、その4人が今、中国共産党幹部に贈賄したとして有罪となった業者への不明朗な支払いをめぐって、株主代表訴訟で経営責任を問い正されている。

東京地裁の新装「ビジネス・コート」301号法廷で尋問

 東京都目黒区中目黒の国有地に新しく建てられた庁舎に、霞が関の東京高裁の合同庁舎から移ってきた東京地裁の民事8部(商事部)、民事20部(倒産部)、民事29、40、46、47部(知的財産部)に、知財高裁を加え、「利用者(ユーザー)の期待に応える新しい裁判所」として一昨年秋、「ビジネス・コート」は発足した。

 301号法廷は、その中目黒ビジネス・コートのなかで最も広い法廷であるといわれている。証言台や法壇、代理人弁護士のデスク、そしてそれらと傍聴席とを隔てる柵はすべて、ペールカラーの木材で統一されており、暗めのグレーを基調とした壁や床から浮き出て見えるようだ。

 7月10日、傍聴席から見て左の方に原告株主の訴訟代理人の弁護士4人、右側に被告の訴訟代理人や補助参加人であるオリンパスの訴訟代理人の合計12人が、証言台をはさんで向かい合うようにして席につく。傍聴席側の入り口に最も近い数席には白いカバーがかけてあり、入りきらなかった被告代理人弁護士や、証言台に立つ前の被告が座れるよう確保されている。

 埋め込み型の白色蛍光灯がとても高い天井にあって法廷内を明るく保っている。傍聴席から見てそれぞれの代理人の机の奥には、1台ずつ大きなディスプレイが設置されており、弁論中に示される証拠類が映し出されるようになっている。

個人株主の訴えの提起から、初尋問まで4年半が経過

 オリンパスの子会社OSZ(Olympus Shenzhen Industrial Ltd.)と中国広東省深圳市で共産党幹部との太いパイプを持つ業者「安遠」との契約をめぐって、当時の役員および監査役ら計11人を相手取って株主が東京地裁に訴えを起こしてから約4年半————ついに被告本人尋問の日をむかえたのが7月10日のことだった。

 午前中は、藤塚英明元専務、笹宏行元社長、午後には、木本泰行元会長、竹内康雄現会長(前社長)の被告本人尋問がおこなわれた。

 心なしかカジュアルな内装とは裏腹に、ひとたび被告が証言台の前に座り、弁護士による尋問が始まると、厳粛な空気が法廷内を満たす。

発端は6・94億ドルの巨額の「マイナス理論在庫」の発覚

 東京のオリンパス本社が2015年に外部の法律事務所に依頼し、深圳の企業・安遠グループとの取引のいきさつをまとめた調査報告書によると、発端は2006年—————北京総署による監査によって、帳簿上の在庫と実際の在庫に米ドル換算で6.94億ドルの巨額の差異「マイナス理論在庫」がある問題が発覚した時点だ 。この問題をめぐって、2013年、罰金などの制裁や取引信用ランクの降格などの危機が迫っていることを受け、現地法人のOSZは親会社のオリンパスを巻き込んで、事態の収拾に動き出す。

 税関当局との膠着状態から脱却を図るため、OSZは、過去に現地の消防局に指摘された消防関係の不備の問題を解決してもらった実績があり、当局とのパイプを有していると思われる地元の有力業者「安遠」を頼った。

「罰金がゼロなら、報酬は4億5000万円」

 同報告書によれば、2014年4月にOSZは、税関当局に支払う罰金を3000万人民元以下に抑えることができたら、実際の罰金との差額の8割を安遠に報酬として支払い、罰金をゼロに抑えることができた際には2400万人民元(約4億5千万円)を支払う、という契約を安遠グループの関連会社「安平泰(アンピンタイ)」と結んでいる。ただこの契約には特異な点があり、それは、もし罰金の金額が3000万人民元を上回った場合、増額分の2割を安平泰の負担額とするというものだった。

 契約の締結に際して、OSZの上位組織であり、オリンパスのアジア統括法人のOCAPの幹部から、米国のFCPA(海外腐敗行為防止法)や贈賄などの法令に抵触する危険性を指摘する声が上がった。しかし結果的に、2014年12月、罰金をゼロに抑えた安平泰に報酬の2400万人民元(5億円弱)が支払われた。

なぜ、安遠との契約を黙認したり、助長したのか

 今回の株主代表訴訟で、10日に証言台に立った4人を含め被告について、原告の株主側からは、安遠側との契約締結を承認ないし黙認したり、契約解消を働きかけなかったりしたことは、FCPA違反に当たる行為を助長し、それに加担する行為であるとの主張がなされている 。被告の中に安遠をコンサルとして起用することによる贈賄リスクについて検討するよう指示を出していた人物や、契約の決裁を子会社内で完結させられないかと示唆していた人物、そして陳氏の贈賄疑惑を報じた記事などについて報告を受けていた人物がいたとして、被告らは贈賄リスクを認識した上で契約を承認ないし黙認し、その後も放置したと言え、注意義務に違反するとも原告側から主張されている。

白髪の笹元社長がペットボトルを手に証言席に

 10日午前11時15分、藤塚英明・元オリンパス専務の尋問を終えた後の短い休憩をはさんで法廷に戻ってきた笹本哲朗裁判長が「それでは、笹さん」と呼びかける。傍聴席の最前列に座っていた白髪の笹宏行・元オリンパス社長が張りのある声で「はい」と答え、立ち上がる。紺のスーツの下に白いワイシャツを着ている。ネクタイは締めていない。

 裁判長は「証言席の前まで」と求める。笹元社長は、爽健美茶のペットボトルを手に、柵の内側に入る。

 笹本裁判長が「そうしましたらこれから尋問しますけど」を前置きし、宣誓を促す。法廷内の全員が起立する。笹本裁判長は目を伏せているように見える。笹元社長が「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。笹宏行」と紙を読み上げる。

笹元社長「安遠との契約には反対しなかった」

 笹元社長は、自身の訴訟代理人を務める弁護士からの質疑にまずは応じる。

 それへの返答によれば、笹元社長は2013年11月ごろ、OSZの製造管理本部長を務めた経験がある本社の阿部和也総務部長から、マイナス理論在庫の問題を解決するために安遠という会社をコンサルタントとして起用する予定だと聞かされた。

弁護士「安遠のコンサルタント起用については、笹さんは反対しなかったということでしょうか?」

笹元社長「はい、反対はしませんでした」

弁護士「反対しなかった理由は何でしょうか?」

笹元社長「安遠について何か問題があるとか懸念があるとか、そういった話はありませんでしたし、本来、このレベルの話は、現地のオリンパス深圳あるいはOCAPが検討して判断するものだという認識だったからだと思います」

 自分の弁護士の質問に、笹元社長はそう振り返った。

 翌2014年1月ごろ、笹元社長は、安遠について「過去に何らかの記事が出ている」という話を聞かされた。笹元社長は「そういった記事が出ているなら、事実かどうかまずは確認したほうがよい」と言い、後日、「特に問題はなかった」と聞いた、という。その年の9月ごろ、マイナス理論在庫問題が罰金ゼロで解決できたとの報告を受け、笹元社長はホッとしたという。安遠の側に5億円弱の報酬が払われたが、それについて、笹元社長は報告を受けた記憶がない、という。

笹元社長「安遠の贈賄リスクは認識していなかった」

 午前11時26分、原告株主の訴訟代理人、山本美愛弁護士が質問を始める。

 オリンパスの依頼で作成された調査報告書に「オリンパスの経営陣の一部まで安平泰が贈賄する可能性があることを認識していた旨の供述をしている」と記載されている部分 を笹元社長に示し、山本弁護士は「あなたもこういうふうな供述をされましたか?」と質問する。

 笹元社長は「ここで言う安平泰ですか安遠ですか」と口にし、「が贈賄をするというリスクを私自身が認識していたということはないと思います」と答える。

山本弁護士「あなたは、安遠に不正行為の前科があるか否か事実関係を調査するよう指示しましたね?」

笹元社長「『事実関係を確認しなさい』というふうにお話をしたと思いますが、いまおっしゃったようなことを確認せよ、というふうに言った記憶はないと思います」

 オリンパスの依頼で作成された調査報告書には「笹社長は、安平泰に不正行為の前科があるか否かを調査するように指示した」と記載されている。

山本弁護士「これはこのとおりではないんですか?」

笹元社長「ここに書かれていること? についてですね?」

 笹元社長はそう言って、ディスプレイに映った調査報告書に見入る。

 再度、山本弁護士は「不正行為の前科があるか否かを調査するよう指示したご記憶はありますか?」と確認を求める。

 笹元社長は「『事実関係を確認しなさい、したほうがいいよ』というふうに言った記憶はあります」と答える。

山本弁護士「前科の調査は依頼したことがないということでいいですか」

笹元社長「前科とか言われても具体的な内容について記憶にないので」

 安遠は過去、雲南省の交通部副部長に贈賄したと報道されたことがあった。笹元社長が耳にした「過去に何らかの記事が出ている」という報告は、その報道に関するものだったはずだが、笹元社長はそこまで記憶にない、という主張のようだ。

 後日、「特に問題はなかった」と笹元社長が聞いた、という点について、山本弁護士は深掘りしようと試みる。

山本弁護士「だれからどんな話を聞いたんでしょうか?」

笹元社長「だれからかは覚えていませんが、特に問題はなかったという話だったと思います」

 被告のために補助参加しているオリンパスの代理人やそのほかの被告の代理人からは質問はなく、午後零時3分、笹元社長の尋問は終了し、昼休みに入る。(続く)

(木下晴/奥山俊宏・ジャーナリスト)

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