効果なき財政出動に「財政錯覚」 国家の基盤揺るがす危機を分析 評者・土居丈朗
『日本の財政 破綻回避への5つの提言』
著者 佐藤主光(一橋大学経済学部学部長)
中公新書 946円
このまま国の借金がかさめば、いずれ財政が行き詰まり、国家の基盤である社会保障や公共サービスが回らなくなりかねない。著者が本書の冒頭で述べた懸念である。ただ、この懸念への共感は、年を追うごとに低下している感がある。
国債を増発して財政出動で景気刺激をする政策が支持を集める。では、日本で財政出動して経済成長率は高まったのだろうかと著者は問う。既得権益に縛られて財政出動したところで、経済成長率は高まらない。
賢く支出するという「ワイズスペンディング」という言葉がある。日本の政策運営では、さかのぼればリーマン・ショックの時から多用されて、岸田文雄内閣の経済財政諮問会議でも使われている。しかし、賢かったためしがない。ワイズスペンディングと冠に付ければ財政支出は政権内で正当化できるかもしれないが、現にさらなる財政依存を生んで悪循環となるだけだ。
本書でも引用しているが、公共選択論の創始者の一人でノーベル経済学賞を受賞したブキャナンは、国民は公共サービスの真のコストを過小評価し、提供費用は低いものと錯覚する「財政錯覚」という現象を指摘した。福祉などの支出が増えても、それを誰がどのように負担しているかわからず、無駄な支出が助長されやすい。行政のお金は「他人のお金」と勘違いする財政錯覚は、財政規律を弛緩(しかん)させる。
金利は、2010年代はほぼゼロだったが、直近では上がっており、わずかな金利上昇でも利払いの負担がかさみ財政悪化要因となり得る。現政権は、財政健全化が経済再生の妨げになってはならないとして、「経済あっての財政」とのスタンスをとる。しかし、金利上昇による財政悪化を放置すれば、さらなる金利上昇をあおり、民間企業の金利もつられて上がってしまい、財政悪化が経済の足を引っ張りかねない。こうした事態は避けなければならない。
少子高齢化、安全保障、環境問題、格差の是正など、今後のわが国が抱える社会的な課題に対応するためには、政府を必要としている。しかし、ブキャナンらが指摘するような民主主義の中にある財政赤字へのバイアスが内在している以上、財政民主主義を謳(うた)うだけでは解決できそうもない、と著者はみる。さりとて、平時の増税を拒み続けて財政赤字を放置した揚げ句、いざとなれば民間の金融資産への課税など無制限の課税権を行使すればよい、というならば、強権国家を導きかねない。その危うさを本書は指摘している。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)
さとう・もとひろ 1969年生まれ。一橋大学講師、准教授、経済学研究科教授を経て2023年より現職。19年に日本経済学会石川賞受賞。著書に『地方税改革の経済学』(2011年、エコノミスト賞受賞)など。
週刊エコノミスト2024年7月16・23日合併号掲載
『日本の財政 破綻回避への5つの提言』 評者・土居丈朗