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教養・歴史 書評

政治哲学者30人もの思想を解説 「自由」について考える契機にも 評者・原田泰

『英米の大学生が学んでいる政治哲学史』

著者 グレアム・ガラード(ハーバード大学サマースクール教授) ジェームズ・バーナード・マーフィー(ダートマス大学教授) 訳者 神月謙一

草思社 2640円

 本書には30人の政治哲学者の思想と生涯が詰め込まれている。驚くのは、それが多彩なことだ。西欧哲学史でおなじみの人物だけでなくアル=ファーラービー、マイモニデス、サイイド・クトゥブ、毛沢東もいる。英米の政治哲学史だからといって、イギリス名誉革命、アメリカ独立革命につながる思想を展開するわけではなく、本書を貫く思想は多様性だ。

 30人の中には、互いに深いつながりを感じられる記述もある。アル=ファーラービーは10世紀のイスラム哲学者だ。聖典は絶対的真理だが、聖典を解釈し、人間の行動に適用するのは哲学者の役目だと主張した。私には飛躍に思えるが、彼は、統治者が徳の高い帝国を建設すれば、独自な言語や宗教的慣習や文学などを持つさまざまな国を支配できると考えた。確かに、彼の時代、イスラム帝国は多様な集団を統治し、それは数世紀にわたって成功した。

 マイモニデスは、12世紀のユダヤ教のラビだが、聖書への信仰の光を使って哲学者の主張を再検討し、哲学を使って信仰を見直し、追加されたモーセの律法の注釈(タルムード)を整理統合し、一般原則に基づいて論理的に分類した。

 13世紀のトマス・アクィナスは、理性に基づく人定法と聖書で示された神定法は、ともに神の永久法から発生したが、私たちは神の永久法を直接知ることはできないので、人間の良心という自然法や聖書という神定法を通じて間接的に理解するという。正当な人定法は基本的な道徳原則までたどれるからこそ、私たちの良心はそれに従う義務を負うが、不当な法は道徳原則にそむく法で、いずれ道徳的力を失うと主張した。

 この3人は正当な法と不当な法を考察することで、近代的な政治哲学を先導していたと私は理解できた。

 私たちの考える自由な社会とは異なる主張もある。クトゥブは、1966年に、ナセル・エジプト大統領によって処刑されたイスラム学者である。伝統的イスラムでは、クルアーンを、さまざまな解釈の伝統から研究するが、彼は、それらを否定し、クルアーンに書かれていることそのものに立ち返ることを求めた。これは、近代的な強国を作ろうとしたナセルの考えとは相いれない。

 世界は、自由、平等、幸福追求の権利を認める社会に向かって進んではいないのだから、自由でない多種多様な世界が何を主張しているのかを知ることは必要だろうが、すべての主張を受け入れれば、私たちの自由な世界は弱まってしまうのではないだろうか。

(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)


 Graeme Garrard カナダ、アメリカ、イギリス、フランスなど各地で25年講義し、2006年から現職。

 James Bernard Murphy 1990年から教職。現在は政治学教授を務める。


週刊エコノミスト2024年7月30日号掲載

『英米の大学生が学んでいる政治哲学史』 評者・原田泰

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