教養・歴史 書評

「高加工品」に活路か 日本経済の課題と処方箋を提示 評者・藤好陽太郎

『成熟社会の発展論 日本経済再浮揚戦略』

編著者 トラン・ヴァン・トゥ(早稲田大学名誉教授) 苅込俊二(帝京大学教授)

文眞堂 3520円

 日本企業の競争力低下が指摘されて久しい。上場企業の純利益は2024年3月期も過去最高を更新したが、企業の時価総額や年収の水準など経済指標を見ると、国際的地位の低下は覆うべくもない。本書は崖っぷちの日本経済の課題と処方箋を13のオムニバスで提言する。

 例えば農業に目を向けると、23年の農林水産物・食品の輸出額は1兆4547億円に上り、ブランド牛や緑茶、日本酒などは世界で人気を集める。1兆円を目標にした政策は一定の成功を収めたといえそうだ。

 ところが、この日本の輸出額は米国の25分の1、オランダの17分の1に過ぎない。食料自給率は低迷し、全般的な輸出競争力も極めて低い。

 日本の輸出というと、「りんご」や「ブランド牛」などに関心が向きがちだろう。だが、日本の競争力はこのような「未加工品」や「低加工品」ではなく、「高加工品」にあるという。どういうことか。

 輸出競争力は、輸出入(輸出マイナス輸入)に占める輸出の割合で比較できる。小麦やコーンなどの「未加工品」は農地面積の大きい、いわゆる農業大国・米国やフランスの競争力が突出している。

「低加工品」はフランスのワインやブラジルの鶏肉の競争力が際立つ。日本はブランド牛の競争力を「若干改善」させたものの、全体としては足元にも及ばない。

 ところが「高加工品」は状況が異なる。「調味料」や「清涼飲料品」などは複数の国から原材料を調達して製造するのだが、農地面積が狭いオランダやドイツの利益の源泉である。実は日本も過去四半世紀で競争力をかなり高めているのだ。

 日本の農林漁業の生産額は約13兆円だが、食品製造業や外食産業などを合算したフードシステム全体では約116兆円に上り、全産業の1割超を占めるという。「高加工品」は、輸出がフードシステム全体に波及する効果もあり、一層の海外展開で強化していくべきと提案する。

 このほか、日本全体の競争力の低さも俎上(そじょう)に載せる。日本の研究開発(R&D)の投資額は米中に次ぎ世界3位だが、スイスのIMD(国際経営開発研究所)が公表した23年の世界競争力ランキングは35位に沈む。

 背景にはR&D投資の効率の低下がある。利益率の低い中核産業がR&D投資の多くを占めているためで、本書は時流に乗った研究をタイムリーに行う必要性を強調する。

 経済社会が激変する中、常識とは異なる視点で経済や業界を捉えることには大きな意味がありそうだ。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


 Tran Van Tho ベトナム生まれ。国費留学生として来日し、日本経済研究センターなどを経て現職。著書に『ベトナム経済発展論』など。

 かりこみ・しゅんじ 早稲田大学卒業後、みずほ総合研究所などを経て現職。著書に『巨大経済圏アジアと日本』など。


週刊エコノミスト2024年8月13・20日合併号掲載

『成熟社会の発展論 日本経済再浮揚戦略』 評者・藤好陽太郎

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