経済・企業 インタビュー
「ハルシネーション(幻覚)」を積極活用し、生成AIの創造性引き出す 松岡清一FIXER社長
生成AI(人工知能)の活用が社会で進む中、AIが事実には基づかない情報を生成する「ハルシネーション(幻覚)」という現象が知られるようになっている。間違った意思決定や情報の流布につながりかねないため、日本企業などでは、どうハルシネーションに対応するかが、生成AI活用の課題の一つになりつつある。だが、生成AIの本拠地である米国では、ハルシネーションを積極的に活用し、人間の創造性や生産性の向上につなげようとする動きがあるという。
独自に開発した生成AI「GAIXer(ガイザー)」を活用して、民間企業や官公庁、自治体向けAI関連サービスを提供するFIXER(東証グロース市場)の松岡清一社長に、生成AIの最新事情を聞いた。(聞き手=稲留正英・編集部)
―― 日本でも生成AIサービスが普及しつつあるが、AIが事実とは違う内容を出力する「ハルシネーション」が問題となっている。
■ハルシネーションへの対応には二つのトレンドがある。一つは、ハルシネーションを起こさないように抑え込もうというもので、もう一つはハルシネーションをむしろ推奨するものだ。
―― どういうことか。
■例えば、自分の娘が今日は保育園に行っただけなのに、お友達に「今日はディズニーランドに行ったんだ」と話し始めたとする。その場合、あなた(記者)ならどうする。
―― 嘘を言ってはダメと娘を諭すだろう。
■しかし、娘さんは「パパ、ディズニーランドに行って、ミッキーと写真を撮ったじゃない」と答えるかもしれない。つまり、小さな子供は今日起こったことと、1カ月前に起こったことの区別がつかず、自分が楽しかったことを精一杯、話している可能性がある。これが幼児の創造性だ。
ハルシネーションこそ「クリエーション(創造)」のもと
―― 生成AIのハルシネーションも同様の現象だと。
■そうだ。ハルシネーションこそ、クリエーション(創造)だという側面がある。AIが無から有を生成して、創造性を発揮し始めたのに、「親がそんなことを言ってはダメだ」としかったら、生成AIは死んでしまう。これがテクノロジーの育て方だ。生成AIの父と言える米オープンAIの共同創業者のサム・アルトマン氏は、ハルシネーションをどんどん起こさせるような開発をしている。そのうち、AIの独創性が人間の知性を超えたら、人間はAIに追い付けなくなると主張している。
―― FIXERが提供している生成AI「ガイザー」の特徴は。
■ユーザーのニーズに応じて、AIのハルシネーションを抑え込むことも、逆に、ハルシネーションを開放して、創造性を発揮させることもできることだ。
AIがテレビ番組のオリジナル企画を作成
―― 創造性を示す事例は。
■例えば、ガイザーに対して、「Gという新進のダンスグループのテレビ出演の企画をパワーポイントで作ってほしい」というプロンプト(指示文)を打ち込んでみる。すると、すぐに、「1日限定でテレビ局をジャックする」という企画と、多数の具体的な番組名や内容をパワーポイントで提案してくる。パワーポイントの背景も、企画に合わせた配色になっている。
一般的な生成AIでは、こうしたオリジナルの企画はなかなか生まれない。既存のAIは発生した事実をもとに回答するのは得意だが、何もないところから新しい企画を作るのが苦手だからだ。しかし、ハルシネーションをうまく活用し、AIの創造性を後押しすれば、独自の企画を作れるようになる。
こうした企画は、テレビ局で作れば、長時間の会議を経て、5時間くらいかかる。しかし、ガイザーなら30秒~1分間ほどで原案を作ってくれる利点もある。
―― 企業や官公庁などでは、逆にハルシネーションを抑えて使いたいケースもある。
■事実ベースでハルシネーションを起こさない設定、ハルシネーションを出しても良いのでどんどんアイデアを出す設定という2方向で、ユーザーに設定してもらう機能がほぼできている。
――「Chat(チャット)GPT」などを導入したものの、思うような結果が出ず、生成AIの効能に疑問を持つ日本企業も少なくない。
■例えば、一般的な生成AIに指示をしても、適切な回答を作成してくれないことが多くある。人間がAIに指示を出すと、その先は、「ベクトル空間」というAIの「脳の湖」というようなところがある。そこは、人間が開いてみても、何が書いてあるか分からない。先ほど挙げたテレビ局の企画を作るときは、AIはこのAIの言葉で考えている。
このAIの言葉に一番親和性が高い人間の言語は英語だ。だから、AIに命令を出すときは、コンピュータ言語か、英語でする方が良いことになる。
日本語のプロンプト(指示文)を正確にAI語に翻訳する
――日本人なら、日本語で指示を出したい。
■日本人がAIを使うと、AIの中で、日本語を英語に直し、英語をAI語に直している。一種の伝言ゲームのようで、AIに正しく伝わっていない可能性がある。「チャットGPTの性能がいまいちだ」と言われる背景にはこれがある。しかし、ガイザーに日本語で指示を与えれば、AIにAI語で直接話しかけるので、AI本来の力を発揮できる。
ガイザーのもう一つのメリットは、ガイザー独自のプロンプト(指示文)用のテンプレートが多くあることだ。「稟議書作成」「議会の議事録作成」など多くのテンプレートがあり、ここに入力すれば適切なプロンプトを自動作成してくれる。生成AIに慣れていない人には的確なプロンプトを作るのは容易ではない。
―― 5月に外務省と生成AIサービス分野で契約を結んだ。具体的にどのように協力しているのか。
■外務省は文書作成のほか、翻訳のニーズが多いのが特徴だ。海外諸国の膨大な文書を翻訳して、解釈し、検討する必要がある。しかし、公文書は長大なものも多く、ただ翻訳しただけでは解釈が難しいというケースが多い。このため、生成AIを活用してわかりやすく翻訳、要約し、情報を効率的かつ迅速に取り入れられる機能を開発している。こうしたことは既存の翻訳ツールではできない。
サービス向上と業務効率化のため30自治体でAI活用
―― 自治体へもガイザーを提供しているが、進捗状況は。
■現状ではトライアルも含め約30の自治体で活用してもらっている。7月からは香川県観音寺市にガイザーのサービスを提供し始めた。LINEの同市公式アカウントにチャットボット(自動対話システム)を取り入れ、市民からの納税や子育て、教育、市政などに関する質問にAIが回答する仕組みだ。生成AIを活用して市民へのサービスの質向上と職員の業務効率化を実現したいと考えている。
―― オープンAIがチャットGPTを一般公開して2年近くが経過、多くの企業が新たな生成AIを発表している。今年の生成AIのトレンドをどう見るか。
■今後は、小規模言語モデル(SLM)の開発競争になるだろう。SLMは、大規模言語モデル(LLM)よりもパラメーター数が少なく軽量化された言語モデルだ。SLMはLLMと違いインターネットやクラウドにつながなくてもよく、パソコンやスマホに搭載でき、回答をすぐ返してくれるのが特徴だ。
LLMは多くのIT大手が開発競争をしており、中には1000兆ものパラメーターを使っている例もある。電力消費が膨大になり、LLMの開発競争が進めば、電力が不足するという予測もある。こうした背景から、今後はそれぞれの利用条件に適した生成AIを使っていく流れが強まると考えられる。特にスマホやパソコン分野でSLMの活用が期待される。
LLMとSLMの良さを併せ持つハイブリッド型も開発されるだろう。高度な質問をした場合はネットに通信してLLMから回答し、そうでない場合はSLMで回答するような生成AIだ。私たちもそうした形でのガイザーの進化を検討している。