米国の“黒人優遇”が生んだ対立と葛藤の歴史を丹念に描写 評者・井堀利宏
『アファーマティブ・アクション 平等への切り札か、逆差別か』
著者 南川文里(同志社大学大学院教授) 中公新書 968円
みなみかわ・ふみのり
1973年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。社会学博士。専門は社会学およびアメリカ研究(人種エスニシティ論など)。著書に『未完の多文化主義』など。
「アファーマティブ・アクション」とは、人種などの理由で不利な立場にいる人々を政策的に支援する「積極的な措置」を指す。例えば、大学の入試選抜における人種考慮の取り組みなどである。本書は、アメリカの人種差別禁止という「平等な扱い」を追求する有力な手段として、黒人を優遇する「異なる扱い」がもたらした司法や政治での厳しい対立と葛藤の歴史を振り返ることで、アメリカでのアファーマティブ・アクション誕生からその終わりまでを丹念に描写している。
1960年代に黒人は劣悪な環境に置かれ、大学進学や安定した仕事に就くのが困難だった。白人が独占していた高等教育や専門職への進出を促すために、数値目標の義務化、入試選抜や就職での人種配慮など「異なる扱い」が実施された。しかし、実態として人種間で差別するのは矛盾だとの批判が当初からあった。幾度の裁判を経て、2023年に米最高裁はアファーマティブ・アクションを憲法違反とした。
アファーマティブ・アクションが黒人の経済・社会的地位の向上に寄与したのは確かである。白人から見れば逆差別であっても、結果として多様な人々が高等教育や専門職に就いたことで、周囲にもプラスの波及効果が生まれた。
それでも時代と共にその役割が否定されたのは、共和党保守派からの揺り戻しが大きかったのと同時に、成功した黒人のなかでも「優遇されたから出世できた」という妬みを嫌がる声があり、アジア系、ヒスパニックなど人種の多様化が進展して、当初ほど明確な効果がみられなくなったという事情もある。
本来「平等な扱い」を実現する手段として「異なる扱い」を導入したのであれば、やがては「異なる扱い」をやめるのは望ましい。しかし、黒人以外のマイノリティー人種が増加し、人種差別の実態が複雑化している近年でも、黒人差別はなくなっていないし、所得格差も大きい。
ジェンダー格差が顕著な日本では、入試、就職、昇進など多くの分野で「女性枠」などの数値目標を設定する優遇措置が注目されている。日本の差別問題を議論する際にも、こうした「異なる扱い」の効果を中長期の視点で評価すべきだろう。
差別の問題は、単なる偏見によるものだけでなく、過去からの歴史や社会規範を反映して根が深い。アメリカでのアファーマティブ・アクションの変遷は、「異なる扱い」の効果を実態に即して冷静に検証することが重要だと示唆している。
(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)
週刊エコノミスト2024年9月17日号掲載
『アファーマティブ・アクション 平等への切り札か、逆差別か』 評者・井堀利宏