中国共産党が唱える「社会主義核心価値観」は“浸透”まで道遠し 菱田雅晴
「社会主義核心価値観」とは、中国共産党が12単語、24文字で定義したスローガンで、①国家が目標とするべき価値観(富強・民主・文明・和諧)、②社会で大事にするべき価値観(自由・平等・公正・法治)、③一人ひとりが守るべき価値観(愛国・敬業・誠信・友善)とされている。住民の居住地域、学校、幼稚園、企業のほか、遊園地、レストランなどの公共空間には必ずこれを記した掲示板を掲示することが求められ、「全国文明都市評価」などの査定においてはこの社会主義核心価値観の育成・実践が最重要の評価基準となっている。
そもそも社会主義核心価値観とは、2006年の第16期6中全会で打ち出され、12年の第18回党大会で定式化されたものだが、習近平がこれに繰り返し言及、社会主義の指導力、先進性を強調する習近平による金看板の政治スローガンともいえる。
こうした中、『社会主義核心価値観社会倫理認同調査報告』(中国人民大学出版社、24年)が本年初発刊された。これは、教育部(=日本の文科省に相当)の人文社会科学重点研究プロジェクト(=日本の科研費に相当)として実施された大規模アンケート調査(伝統文化継承調査:4199サンプルおよびエリート層調査:1213サンプル)の集計データを湖北大学高等人文研究院の周鴻雁・公共管理学院教授らが分析したもので、この社会主義核心価値観がどこまで認知されているか、その浸透度合いを伝統観念、西側の普遍的価値との関連等から年齢別、職業別、学歴別等に解析した17本の詳細リポートが収録されている。
最高権力者肝煎りの政治スローガンだけに、順調に人心に浸透しているとの解析結果かと思いきや、同書では核心価値観が中国の精神文化建設の基調となり、イデオロギー面のリーダーシップを握るまでには依然として「任重道遠」(任務は重く、はるかに道は遠い)と結論づけている。
とりわけ、「自由」をめぐってはマルクス主義の自由観に比して西側のリベラルな自由観が若年層、高学歴層に浸透しており、自由を制約するのは法律のみだと道徳制約が軽視され、伝統文化への認知も低いことを重大視している。政治への忖度(そんたく)なしで現状の解明とその活写に徹した学術リポートといえよう。
(菱田雅晴・法政大学名誉教授)
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週刊エコノミスト2024年9月24日・10月1日合併号掲載
海外出版事情 中国 「社会主義核心価値観」まで道遠し=菱田雅晴