週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

復刻CDレーベルを主宰――夏目久生さん

「稼ぎは全部レコードに注ぎ込んでいますね。レコードがあれば何もいらない」 撮影=武市公孝
「稼ぎは全部レコードに注ぎ込んでいますね。レコードがあれば何もいらない」 撮影=武市公孝

ピアノSPレコード研究家 夏目久生/128

なつめ・ひさお 本名は武井太志(たけい・ふとし)。1967年11月、東京都生まれ。私立明星学園高校卒。たまたま聴いたショパンとピンク・フロイドの曲に衝撃を受け音楽を志す。シンセサイザーで多重録音を行い、作曲や編曲を独学で学ぶ一方、SPレコードの収集に夢中となる。21歳の時にバンドを結成し、キーボードを担当。その後、転職したウェブ企業やビンテージ・オーディオショップでマスタリング・エンジニアの技術を身に付けた。19世紀ピアニズムの歴史的録音復刻CDレーベル「Sakuraphon」(サクラフォン)を主宰。

 針を落として聴く過去のピアノの名演に酔いしれ、集めに集めたレコードは数知れない。夏目久生さんは今、自らのコレクションをCDとして復刻することに心血を注いでいる。それは、過去と今とをつなぐ作業でもある。(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)

>>連載「ロングインタビュー情熱人」はこちら

「本物の演奏はこれだよ、ということを伝えたい」

── 世界的な音楽家が100年近く前に演奏した音源を復刻するCDレーベル「Sakuraphon」(サクラフォン)を主宰しています。

夏目 本当のクラシック音楽があった時代に、本当のアーティストが本場の演奏様式を残しているレコードを高校生のころから集めています。本物の演奏はこれだよ、ということを伝えたくて、2014年にサクラフォンを立ち上げました。僕が持っているレコードの8割はSPレコード。78回転の片面で(収録時間が)3~4分ほどと、1曲しか入りません。だから、これをCDに復刻するのはものすごく効率が悪いんです。

── 1980年代にCDが発売されてからレコードの生産は減少しましたが、若い人の間でアナログレコードが見直され、今では専門店ができるほどのブームになっています。

夏目 ある意味、ルネサンスのようなことが起きていますね。デジタルは何回かけても毎回同じ音が出るけれど、アナログのレコードは、気候条件とか針圧などの条件で音が変わってくる。そうした手間ひまかける楽しさが若い人たちに受けているんじゃないでしょうか。それに、レコードの溝を針でなぞって音が出ることに、今で言う“エモさ”(心が揺さぶられて何とも言えない気持ちになること)があるんでしょう。

 ちょっと聴いてみてください(と言いつつターンテーブルのレコード盤に針を置いて)。このレコードは90年ぐらい前のもので、ショパンの夜想曲第2番をラリータ・アルミロンというアルゼンチンのギタリストが演奏しています。僕が試聴会でショパンが好きな人に、こういうギター用にアレンジした曲を聴かせると、すごく喜んでもらえます。

── このSPレコードはギターですが、サクラフォンの復刻CDはほとんどピアノですね。

夏目 子どものころからピアノを弾いていたので、とりわけ鍵盤楽器に親しみを覚え、ピアノSPレコードのコレクションにどっぷりはまってしまったんです。サクラフォンではこれまで35枚ほどのタイトルを出してきて、最初はそれほど手間のかからないLPレコードを復刻していたのですが、僕の本分はやっぱりSPレコードを現代に復活させることなので、今はほとんどSPレコードです。

── 昔と現在の演奏に違いは感じますか。

夏目 今の演奏家はスポーツのアスリートみたいになっている気がします。もう指がとにかく速く動くとかね。ただ、芸術って運動能力を競うものではない。作曲家の意図したメッセージや最初の演奏が、後世の人が伝言ゲームを繰り返しているうちに、本質からどんどん離れていって、別のものに変質しちゃっているんです。偉大なピアニスト、作曲家がいたころの演奏はどうだったのか、それを思い出そうよ、ということです。

「6000~7000枚」収集

 東京・南青山にある夏目さんの自宅兼スタジオ。壁の棚一面にびっしりとレコードが並び、「正確に数えたことはないが、6000~7000枚はある」(夏目さん)。サクラフォンでは、ショパンの祖国ポーランド出身でロマン派の黄金時代を作った音楽家、テオドル・レシェティツキ(1830~1915年)に着目し、その教えを受けたピアニストの名演を収めたシリーズ「レシェティツキの弟子たち」などを送り出してきた。 そして、夏目さんが今、サクラフォンとして力を入れるのが、日本の音楽界の発展にも大きく貢献したウクライナ出身のユダヤ系ピアニスト、レオ・シロタ(1885~1965年)が残した未発表音源の復刻だ。シロタは作曲家の山田耕筰に招かれ、1929年から15年間、日本に定住して演奏家として活動しながら、東京音楽学校(東京芸術大学の前身)で教鞭(きょうべん)を執るなどして多くのピアニストも育てた。

「日本の音楽界の大恩人、レオ・シロタの未発表音源がオープンリールで70本。その復刻を完成させるのが目標です」

── 「レオ・シロタ・プロジェクト」として未発表音源の復刻に取り組み、2022年に1枚目、そして今年5月に2枚目をリリースしましたね。

夏目 レオ・シロタは日本のピアニストの最初の世代を育てた人で、日本の音楽界にとっての大恩人です。いま活躍しているプロのピアニストは、だいたいシロタの弟子か孫弟子に習っているのではないでしょうか。そして、娘のベアテ・シロタ(1923~2…

残り2269文字(全文4469文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

10月8日号

いまこそ始める日本株第1部18 金利復活で「バリュー株」に妙味 高配当株や内需株が選択肢に■中西拓司21 「雪だるま式」に増やす 配当重視で3大商社に投資 株式で現役時代上回る収入に ■鈴木 孝之22 プロに聞く 藤野英人 レオス・キャピタルワークス社長「銘柄選びは身近なところから学び得るのも投資の [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事