教養・歴史 書評

複雑かつ多様なシステムに明確な議論の枠組みを提示 評者・後藤康雄

『現代日本の金融システム パフォーマンス評価と展望』

著者 内田浩史(神戸大学大学院教授) 慶応義塾大学出版会 3850円

 うちだ・ひろふみ
 大阪大学経済学部卒業後、同大大学院経済学研究科博士後期課程中途退学。経済学博士。京都大学経済研究所などを経て現職。著書に『金融機能と銀行業の経済分析』など。

 本書のタイトルにある「金融システム」は、普通によく聞く言葉である。しかし、「金融」と「金融システム」の違いをどこまで説明できるだろうか。本書は、往々にして感覚的にとらえられる「金融システム」に真正面から向き合い、その概念と評価基準を徹底的に整理した上で、わが国の現実を考察するものである。

 金融の世界は、個々の金融機関や業態のみで完結せず、お互い密接に結びついている。銀行部門の中だけでも、決済を通じた緊密なつながりがある。中央銀行もまた重要な構成メンバーである。確かに全体として大きなシステムを形成している。

 では、そのシステムはうまく機能しているのか? そうした問題意識が生じるのはごく自然である。しかし、金融システムに関してその評価軸は心もとなかった。制度も含め“全体がつながっている”という一般論にとどまってきたのが実情である。著者は、とらえどころのなかった複雑極まりない金融システムの具体的な評価の枠組みを、構成要素、目的、機能、評価基準という観点から、緻密かつ鮮やかに整理する。例えば、評価基準だけでも多岐にわたることが示される。“経済の血液”と称される金融部門だけに、経済学が重視する資源配分の効率性は必須である。また、経済全体への影響力などに鑑みると、システム全体の安定性や分配の公平性も軽視できない。近年は社会課題の解決なども期待される。多様で巨大な金融システムを評価する難しさを思い知らされる。これまで我々はそうした途方もない相手を、共通の土俵も怪しいまま議論してきたわけだ。

 明確な評価の枠組みを示した後、著者はわが国を検証する。そこでは、システムが“望ましいはたらきをしたのか”と“望ましくないはたらきをしたのか”という視点があり得る。後者の視点から、1980年代後半からのバブル膨張と崩壊、2000年代初頭にかけての不良債権問題等に厳しい評価がなされる。一方、長きにわたる経済低迷、いわゆる「失われた30年」では、金融システムは主犯でなかったとする。

 著者自身も述べている通り、これら以外にも、別の視点(金融システムの“望ましいはたらき”など)や他のエビデンスからの考察もあり得る。金融システムをめぐっては、金融政策やゾンビ企業論など本書でも扱われるさまざまな論点が山積している。水掛け論に陥りかねなかった各論点に明確な議論の枠組みを与えた本書の登場は、金融界にとって画期的である。

(後藤康雄・成城大学教授)


週刊エコノミスト2024年10月29日・11月5日合併号掲載

『現代日本の金融システム パフォーマンス評価と展望』 評者・後藤康雄

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

10月29日・11月5日合併号

セブンショック 次の標的は18 日本企業よ!買収提案は起死回生のチャンスだ■荒木涼子20 セブンの判断 新時代を切り開いた特別委設置■松本大21 安すぎる買収提案 創業家に物言わず退任した鈴木敏文氏の責任は重大だ■鈴木孝之22 クシュタール解剖 同業を積極買収で急成長 高い投資効率を維持■児玉万里子 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事