“新しい資本主義”と“新しい社会主義”を構想する著者の熱意みなぎる書 評者・諸富徹
『サステナビリティの経済哲学』
著者 松島斉(東京大学大学院教授) 岩波新書 1056円
まつしま・ひとし
1960年生まれ。経済学博士。専門はゲーム理論、情報の経済学、メカニズムデザイン。著書に『ゲーム理論はアート』『金融システムの行動ゲーム理論』など。
「メカニズムデザイン」などの分野で国際的に顕著な業績を上げた著者による初のサステナビリティ(持続可能性)に関する包括的な書物である。宇沢弘文ゼミ出身の著者が、師の社会的共通資本論に真摯(しんし)に向き合ったオマージュの要素もある。
著者はサステナビリティこそ、現代の最重要課題だと訴える。本書の言葉を引けば、「環境、社会、経済の三つの側面を総合的に考慮し、未来世代にも十分な資源や環境条件を提供することを目指さなければいけないという理念」である。現代社会はこの条件を満たしておらず、中でも気候変動はもっとも深刻で、格差・貧困、経済の持続可能性の担保、といった諸課題が山積している。
本書は、利己心と見えざる手だけでは問題は解決しないとして、サステナビリティの大義のもとにさまざまなステークホルダーが貢献し、経済システムをサステナビリティの指し示す方向に変革する構想を描く。
ただし、強力な政府による集権的な解決ではなく、徹底的に分権的かつ自発的な形で解決を図るにはどうすべきか、そのための制度設計はいかにあるべきかを根底から考察する点に、本書の真骨頂がある。
そのためには、狭義の経済学が避けてきた倫理、価値観、社会的責任といった問題群に正面から取り組む必要がある。本書が卓越した業績だと思うのは、経済学の透徹した論理と、人間社会における高い倫理性とが真に有機的に結合する形で分析が進められているからである。こうした作品に出会えるのは稀有(けう)なことであり、幸福な読書体験でもある。
本書の核心は、「新しい資本主義」と「新しい社会主義」の構想にある。前者は、分権的意思決定に基づいて市場によって問題の解決を図る。これはESG(環境・社会・ガバナンス)投資、企業活動の気候インパクトに関する非財務情報の開示、サステナビリティ経営の台頭といった形で、すでに萌芽(ほうが)が表れている。
真にチャレンジングなのは後者である。これは、市民を起点とするボトムアップ型で各国が提示する炭素税を媒介として、国際協調的な行動を引き出す新しい国際秩序の提案となる。著者はこれを「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」社会主義理念にのっとるものとする。
本書が感銘を与えるのは、経済学が顧みなくなった倫理的、社会的、歴史的文脈を組み込んでドグマ性を克服する、新たな経済学を構築しようとする著者の熱い思いが全編にみなぎっていることだ。多くの方々に読んでいただきたい一冊である。
(諸富徹・京都大学大学院教授)
週刊エコノミスト2024年11月26日号掲載
『サステナビリティの経済哲学』 評者・諸富徹