2010年代の英国政治を労働党左派の視点から洞察 評者・将基面貴巳
『少数ではなく多数のために イギリス左派、理想への挑戦の軌跡』
著者 オーウェン・ジョーンズ(ジャーナリスト) 訳者 依田卓巳 海と月社 3080円
Owen Jones
英国シェフィールド生まれ。オックスフォード大学で歴史学を学ぶ。20代で初の著書『チャヴ 弱者を敵視する社会』を上梓、これが世界的ベストセラ―となる。新聞、テレビ、ラジオなどで果敢に持論を展開中。
キア・スターマーが率いる労働党が今年の英国総選挙で地滑り的勝利を収めたのは記憶に新しい。だが、この政権交代への道程は長かった。
決定的な転換点は、2016年の国民投票でEU離脱(ブレグジット)が決まり、英国が国家的危機に陥ったことである。離脱交渉が長引く中、ボリス・ジョンソン政権はコロナ危機で馬脚を現し、政権を譲り受けたリズ・トラスは2カ月足らずで辞任、後継者リシ・スナクも保守党政権への信頼回復に失敗した。その結果、労働党は、10年から14年もの長きにわたって野党の地位に甘んじた後に大勝利を手にしたが、党首スターマーはカリスマ性とは全く無縁な政治家である。ところが、野党時代の労働党には、スターマーよりはるかにスター性のあるジェレミー・コービンの下、その勢力を盛り返すかに見えた時期があった。
本書は、ブレグジットを分水嶺(ぶんすいれい)とする10年代の英国政治を、コービンを支持する労働党左派の視点から論じる。一癖も二癖もある面々のさまざまな政治的思惑や利害が渦巻く世界を生々しく描写する著者の筆致に、あたかも政治小説のように読ませる力がみなぎっているのは、著者自身の政治的情熱の裏付けがあるからだろう。
しかも、本書は、生身の人間一人ひとりが闘争に明け暮れる中での政治的リーダーシップについて、マキャベリ『君主論』を連想させるような洞察を示す。多くの人々の予想を裏切って党首に選出されたコービンは誠実さと品性を備えていたが、人がよいだけでは政治的指導者は務まらない。また「みずからの定義をおろそかにすると、敵から都合よく定義されることになるのは政治の常識だ」。労働党の思想的本流というべき社会民主主義への回帰を訴えることで、1990年代末以降のトニー・ブレア政権に見られた新自由主義的な「ニュー・レイバー」からの軌道修正路線を示したまではよかった。だが、ブレグジットという想定外の政治危機を前になすすべを知らず、優柔不断だという印象を人々に抱かせてしまった。運命の女神(フォルトゥナ)を引き寄せるだけの力量がコービンにはなかったのである。
本書で浮き彫りになる英国社会は世代間の分断が深刻である。サッチャリズムやニュー・レイバー時代を経験した高齢層が現状維持を望むのに対し、若年層が経済的窮状にあえぎ、社会民主主義に救いを求める。日本の有権者に同様の分断がさほど目立たないのをどう考えるべきだろうか。
(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)
週刊エコノミスト2024年12月10・17日合併号掲載
『少数ではなく多数のために イギリス左派、理想への挑戦の軌跡』 評者・将基面貴巳