冷静と情熱の境目を活用せよ 経済評論家の最期の教え 評者・平山賢一
『がんになってわかった お金と人生の本質』
著者 山崎元(経済評論家) 朝日新聞出版 1760円
やまざき・はじめ
1958年生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事、野村投信など12回にも及ぶ転職経験を持つ。専門は資産運用。『経済評論家の父から息子への手紙』など著書多数。今年1月に逝去。
悲観や諦念とは一線を画す人生観が、ストレートに伝わってくる。経済評論家として発する辛口コメントとは打って変わり、小春日和のエッセーを読むような穏やかさが感じられる。病に対して「自分は素人投資家と一緒だな」と謙虚に記すものの、見事にロジックで挽回していくプロセスは、多くの人々の賛意を得るだけでなく、参考にもなるだろう。お金を通して、どのように人生を自らプロデュースしていったらよいのかが示されているからである。
本書のように、爽やかな読了感を得られる作品に出会うのはまれである。ハッとさせられる題名と異なり、言葉が体に染み込んでくるのは、なぜだろう。過去にこだわるのではなく、未来を不安がるのでもなく、今を生きるという姿勢に共感するからかもしれない。著者は、些事(さじ)に心を痛めて日々を過ごすわれわれに対して、人生の行き詰まりから解放されるヒントを行間に忍ばせている。忙しさに流されて忘れてしまっているだけに、この気づきは貴重である。
思えば投資が、未来と現在を橋渡しすることであるならば、「今」にこそ意識を集中させて、大切に取り組まなければならないはず。現在の意思決定が、ダイレクトに将来の成果につながってくるからだ。それならば、あれこれ考えずに、今に生ききるのが著者のうったえる人生の「本質」なのではと思えてくる。「いくら努力しても過去の蓄積を『本人』は将来に持ち込むことができない」からでもある。
ところで興味深いのは、お金について突き詰めていくなかで、「お金より大切なもの」に気づく瞬間に出会えたエピソードかもしれない。これは、爽やかさとは対極をなす述懐でもある。それに気づくためのスイッチは、「怒り」であるとの指摘に読者はびっくりするだろう。
いつもは、「個人投資家が資産運用にあたって意識するべきことは何か。それはお金に感情を込めず、合理的な考え方で向き合うことである」と冷静に論じる著者とは思えない言葉かもしれない。それだけに異彩を放つが、現在を大切にするからこそ、感情を否定すべきではないとの示唆でもある。冷静と情熱の境目を最大限に都合よく活用していくのが、大切なのだろう。平静な時間を過ごすのは貴重だが、飛躍のために感情を高ぶらせる時が誰にでもある。それをうまくプラスに転じ得るか否かが、人生の分かれ目にもなってくる。詳細は本書に委ねるが、この部分をじっくりと味わいながら読むだけでも、価値があるに違いない。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
週刊エコノミスト2024年12月10・17日合併号掲載
『がんになってわかった お金と人生の本質』 評者・平山賢一