教養・歴史 書評

営利企業を保有する非営利財団は株式会社の欠点を補う処方箋か 評者・藤好陽太郎

『デンマークの産業財団』

著者 スティーン・トムセン(コペンハーゲン・ビジネススクール教授) 訳者 尾㟢俊哉 ナカニシヤ出版 2970円

Steen Thomsen
 コペンハーゲン・ビジネススクールのコーポレートガバナンス研究所創設者。コペンハーゲン大学助教、オーフス大学教授を経て、現職。

 ドナルド・トランプ氏の米大統領就任をめぐり、法人税や高所得者層の減税などで経済格差がさらに広がるとの懸念が高まっている。本書は寄付が義務付けられ、ステークホルダー(利害関係者)への配慮を重視しながらも、一般の会社より高い利益を上げているデンマークの「産業財団」の謎を明らかにする。それは期せずしてアングロサクソン型資本主義への挑戦状であり、株式会社の欠点を補う処方箋にもなっている。

 デンマークは、スイスのIMD(国際経営開発研究所)の世界競争力ランキングで、2022年と23年に連続1位に輝いた。ビール大手カールスバーグや海運大手モラー・マースクなど利益率の高い世界規模の企業が、産業財団という形態のもとで経営されている。

 産業財団とは営利企業を保有し経営権を行使する非営利財団のことで、設立は寄付によって行われる。デンマークの産業財団は約400に上り、そのうち200が傘下に営利目的の事業会社を置くが、「事業」と「慈善活動」ではまず事業、次いで慈善活動を目的としている。経営を行う際も、事業への再投資が優先され、寄付は総資産の1%と少ない。

 産業財団の強みは、基本財産の永続が義務付けられているため、長期的な視点でガバナンス(企業統治)が行えることにある。実際に財団は事業会社の株式の過半を所有し、会社は「株式市場の変動や買収の脅威から守られて」いる。それが競争優位の源泉になり、産業財団所有の企業は、一般の企業より好業績だ。

 さらに経営の安定度も高く、「急激な売り上げの減少や赤字に陥ることも、通常の企業より少ない」。人員削減も少なく、離職率も低い。

 上述したように産業財団には寄付が義務付けられているが、その多くは研究のために配分されている。財団傘下の企業の研究開発などを加えると、デンマーク全体の研究開発支出の約75%を占めており、同国の高い競争力を支えている。

 経済学の父アダム・スミスは『国富論』で、「消費者の利益はほぼつねに生産者の利益のために犠牲にされている」と当時の会社を鋭く批判している。米IT企業の勝者総取りや日本の非正規雇用率の高さなどを見ると、こうした事態は現在も解消されたとは言い切れないのではないか。それは、今も往時も企業が株主の利益を最大化させざるを得ないことに由来するといって差し支えないだろう。小国の事例ではあるが、企業と資本主義の未来を考えるうえで本書は大きなヒントになりそうだ。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


週刊エコノミスト2025年1月28日号掲載

『デンマークの産業財団』 評者・藤好陽太郎

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