小さな会社にM&Aを 高橋聡 トランビ社長
日本の中小企業400万社のうち、127万社に後継者がおらず、廃業の危機にある──。そんな大廃業時代を前に、小さな会社にもM&A(合併・買収)の道を開こうとマッチングサイトを立ち上げたのは、中小企業の後継ぎ社長だ。
(聞き手=金山隆一・週刊エコノミストオンライン編集長)
(構成=黒崎亜弓・編集部)
13年前に、父の会社(アスク工業)を継ぐため、長野に戻りました。半導体製造の部品などを扱う従業員約50人の会社です。取引先300社ほどのうち、年に3~5社は後継者がおらず廃業していきました。中には黒字の会社や、世界で唯一の技術を持った会社もありました。
そういう会社を引き継ごうとM&A(合併・買収)の仲介会社に相談すると、門前払い。数千万円の価格で買いたいと言ったら、仲介手数料の下限が2000万円だったんです。
M&Aの仲介では、買い手探しに最もコストがかかります。扱える件数が限られるので手数料が高い億単位の案件でないと引き受けない。売上高3億円未満の小さな会社にはM&Aサービスが提供されていませんでした。
ならば、売り手と買い手が自ら相手を探せる場を作ろうと考えました。アスク工業の1事業として2011年7月に立ち上げたウェブサイトが「トランビ」です。
持ち出しの5年間
売りたい人は自らサイトに会社の概要を掲載し、関心を持った買い手がメッセージを送ります。ネットの力を使えば、買い手探しは待つだけ。互いに匿名のままやりとりした後、秘密保持契約を結んだ上で交渉に入ります。
分社化するまでの5年間は、手数料をとらずに無償で運営していました。他の事業で上げた利益をつぎ込むわけですから、社内の目は冷たかった。それでも続けられたのは、後継ぎがおらず、従業員も取引先もいるのにどうしようかと困っていたオーナーが、すごく喜んで成約を報告してくれるから。必ず使われるようになると思っていました。
伸びる転機となったのは、17年3月に日本銀行が開くワークショップで講演したことです。地元紙の記事がきっかけでした。すると、それまで「ネットでM&Aなんてできるわけがない」と相手にされなかった金融機関との間で、一気に提携が進みました。小規模の顧客が多い信用組合や信用金庫が中心です。
現状でトランビを通じた成約件数は年間100件程度ですが、目標は年間1万件。利用者が増えるなか、取引の安全・安心をどう確保するかという課題も出てきました。昨年秋に書類で利用者の身元確認をするようにしました。重要なのは量と質のバランスです。
挑戦者が生まれる場
父の会社を継ぐかどうかは、ずっと迷っていました。でも、父の病気がわかった時、支えたいと思った。父には「お前が継ぐのは資金と社員だけ。それを使って新しいことに挑戦していけ」と言われました。父自身も200もの新規事業を立ち上げ、今残っているのは10ほど。私も10以上の事業を立ち上げ、ほとんど失敗してきました。
会社は、挑戦しなければどんどん縮小してしまいます。トランビの由来は「Transform your Business」。「あなたの会社を変えよう」というメッセージです。「この事業を買ったら、どんなことができるだろうか」と発想をふくらませることができる。そして、個人を含めて、買った時から挑戦が始まる。トランビは、挑戦者が生まれるプラットフォームなんです。
企業概要
事業内容:M&Aマッチングサービスの運営
本社所在地:東京都港区
設立:2016年4月
資本金:11億1800万円(資本準備金含む)
従業員数:15人(18年9月現在)
■人物略歴
たかはし・そう
1977年長野県生まれ。米デュポール大学卒業。2001年、アクセンチュアに入社。05年、アスク工業に入社。10年代表取締役に就任。11年にトランビのサイトを立ち上げる。16年に分社化し、代表取締役就任。41歳。著書に『会社は、廃業せずに売りなさい』。