教養・歴史アートな時間

美術「吉村芳生 超絶技巧を超えて」写し取る行為に託された思い 残した足跡を詳らかに=石川健次

    《新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞》 2008年、個人蔵
    《新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞》 2008年、個人蔵

     新聞紙の上に顔が描かれているように見えているだろうか。図版に挙げた作品だ。タイトルから分かるように、描かれているのは画家の自画像である。でも実は描かれているのは自画像だけではない。新聞も描かれている。一文字一文字はもちろん、題字や広告に至るまで、実際の紙面とそっくりに描かれた新聞紙の上に自画像が描かれている。

     新聞1ページを描き写すのにどれだけの時間がかかっただろう? いつだったか初めて作品に触れた時、まず画家が費やしただろう膨大な時間に、執着に思いをはせた。次に顔をのぞかせた思いは、なぜわざわざ描き写すのか? これほど正確に描き写すなら、いっそ本物の新聞紙に……。でも作品に触れるたび、そして今回、鉛筆による細密描写で知られる吉村芳生(1950~2013)の全貌(ぜんぼう)に迫る本展を見て、画家への共感が、感嘆が満開に膨らんだ。

     図版の作品にさらに触れたい。画家は新聞の1面を読んだ後、「紙面を約2.7倍で何枚にも拡大コピーし、つなぎあわせた後、カーボン紙をはさんで転写。そのアタリをもとに、文字や広告・写真すべてを細部にわたり写し取った」(図録から)。色鉛筆や水性ペンなどさまざまな画材を用い、色までそっくりに写している。また自画像は「カメラで自身の顔を撮影」(同)し、撮った写真に「マス目を引き、紙面を写したものの上に拡大・転写」(同)した。

     目の前に置いた新聞を見ながら描き写したのではない。誤解を恐れず言えば、その描き方はむしろトレースに近いと言えばいいだろうか。同様に鏡を見ながら自画像を描いたのでもない。自身の創作に触れ、吉村はこう書き残している。「目を、手を、ただ機械のように動かす。機械が人間から奪った人間の感覚を取り戻すような気がする」(同)と。

     画家の言葉を借りれば、機械的に写し取る行為そのものに自身の芸術を、その意味を吉村は託していたように思う。これまで人間にしかできないと思われていた仕事の多くがAI(人工知能)によって奪われるなど衝撃的な予想が現実となりつつある今を、愚直に、逆説的に写し取っていたのかもしれない、とも。

     山口県に生まれ、初期には内外の美術展に入選を重ねた吉村は、35歳で山口へ戻って以降、「中央の『画壇』や現代アートの最前線から距離を置き」(同)、評価も一部にとどまりがちだった。だが57歳の時に参加した東京でのグループ展に発表した作品が話題を呼び、再び脚光を浴びる。その矢先、病で急逝した。現代アートに残した足跡を、本展はいっそう詳らかにするだろう。

    (石川健次・東京工芸大学教授)

    会期 開催中、2019年1月20日(日)まで

    会場 東京ステーションギャラリー

       (東京都千代田区丸の内1-9-1)

    開館時間 午前10時~午後6時 金曜日は午後8時まで(入館は閉館の30分前まで)

    休館日 月曜日(12月24日、1月14日は開館) 12月25日(火)、12月29日(土)~1月1日(火・祝)

    料金 一般900円、大学・高校生700円、

       中学生以下無料

    問い合わせ 03-3212-2485

    巡回先 2019年2月22日~4月7日、広島県三次市の奥田元宋・小由女美術館/5月11日~6月2日、京都市の美術館「えき」KYOTO/2020年4月11日~5月31日、長野市の水野美術館

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