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杞憂だった「減反廃止」初年度 矛盾を抱える「米価維持」政策=堀千珠

    実りの秋の光景は変わるのか……
    実りの秋の光景は変わるのか……

     2018年は、主食用米の生産をめぐり、いわゆる「減反廃止」という大きな政策変更があった。減反廃止とは、政府が主食用米の過剰生産を抑制する観点から毎年行ってきた都道府県ごとの生産量の上限目標設定を取りやめ、都道府県や米の集荷団体(主に農協)などに生産計画の策定を委ねることを指す。この変更に伴い、政府が設定した目標に沿って主食用米の生産を減らす農業者に支払っていた「米の直接支払交付金」も撤廃された。

     では、減反廃止によって18年に主食用米の生産が急増したり、これに伴う米価の暴落が生じたかというと、実際にはそのような混乱は生じなかった。農林水産省の調査(18年12月10日公表)によれば、18年産米の作付面積は138・6万ヘクタールと前年産に比べて1・2%増加したが、天候不順の影響で収穫量は同0・3%増の732・7万トンにとどまる見通しである。また、18年産の主食用米の相対取引価格(9~10月実績)は同時期の前年産に比べて1・4%上昇しており、直近10年間で2番目に高い水準となっている(図1)。

    主食用米の生産が急増しなかった背景には、天候要因に加え、とりあえず「様子見」で前年並みの生産を維持する農業者が多かったことや、政府が主食用米からの転作を奨励する目的で、14年に飼料用米の生産に対する交付金の支給額を最大約3割引き上げたことがある。13年産では2・2万ヘクタールにすぎなかった飼料用米の作付面積は、17年産では9・2万ヘクタールまで拡大した。18年産は減少に転じたものの、8・0万ヘクタールと交付金引き上げ前に比べ3・6倍の高水準(主食用米の作付面積の5・8%相当)であった(図2)。

     与党内や農業関係者の間では、減反廃止が主食用米生産の急増や米価の暴落を招き、農業者の大幅な収入減につながるのではないかと警戒する傾向が強かったが、少なくとも18年はこうした警戒が杞憂(きゆう)に終わったといえる。

    生産抑制策の維持・強化

     しかし、主食用米生産の急増を危ぶむ声が依然として多い自民党内では、減反廃止2年目の19年に向けて政府に生産抑制策を維持・強化するよう求める動きが強まった。具体的には、18年11月29日に開催された自民党の農林合同会議で、飼料用米生産に対する交付金の支給水準の維持および予算確保に加え、政府による備蓄米買い入れの運用改善などを求める決議が採択された。

     このうち、政府による備蓄米買い入れの運用については、同決議を受けて、農林水産省が見直しを決定した。その内容は、他の産地と競合せずに各都道府県が入札できる「優先枠」の拡充である。備蓄米の買い入れには競争入札形式を採る「一般枠」と前述の優先枠とがあり、一般枠の方が販売価格が低水準となりやすいため、農業者や農協などの集荷団体は優先枠への出荷を選好する傾向がある。農林水産省は各都道府県の出荷希望数量を集約したうえで、19~22年産の備蓄米は全て優先枠で買い入れることを決めた。同省はこれにより主食用米から備蓄米への生産シフトを促す方針だ。

     19年には様子見だった農業者が主食用米の増産に乗り出したり、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の発効に伴うオーストラリア産米の輸入増加が米価を低下させたりする可能性がある。このような状況のもとで、飼料用米生産に対する交付金の支給や政府による備蓄米の買い入れは、引き続き主食用米生産の急増や米価の暴落を防ぐバッファーとして機能していくと予想される。

    矛盾を抱える米価維持

     だが、政府・与党による「主食用米生産の抑制による米価維持」という戦略は少なからず矛盾を抱えており、いずれは見直しが避けられないように見受けられる。

     第一の矛盾は、米価が高いと農業者の増産意欲を高めてしまうことである。例えば、備蓄米の作付面積をみると、米価が上昇局面にある直近の数年は減少傾向にあり、農業者が主食用米の作付けを優先した様子がうかがえる(図2)。飼料用米の生産についても、同様の傾向がみられる。農業者が飼料用米を生産する場合、政府から交付金が支給されることで、主食用米を生産する場合と大差ない収入が得られるケースが多い。しかし、米価が高水準ならば主食用米を生産した方が、収入増を狙えるうえに飼料用米との「作り分け」の手間もかからないと考える農業者は少なくないようだ。

     第二の矛盾は、米価の上昇が需要の減少を招くことである。実際に、主食用米の消費量の約3割を占める総菜店や飲食店等では、近年の米価上昇を受けて、おにぎりのサイズを小さくしたり、弁当や定食メニューに使う米の量を減らしたりする動きがみられる。

     第三の矛盾は、高い米価が輸出拡大の足かせとなることである。近年、政府は米の輸出促進に注力しているが、タイ産米や米国産米に比べて2~3倍高い日本産米の輸出単価を多少なりとも引き下げない限り、米輸出を大幅に拡大させるのは難しいだろう。

     前述した三つの矛盾に加え、主食用米生産の抑制によって米価の維持を図る政府の戦略には、低所得者層ほど所得に対する負担が重くなるといった問題点もある。

    競争力強化の支援を

     では、政府は今後、どのように米政策を見直していけばよいのか。その答えとして考えられるのが、米価維持を通じた米政策から、事業競争力の強化に向けた取り組みへの財政的な支援に一層の重点を置く米政策へのシフトである。このシフトにより強化すべき財政的支援の対象としては、情報通信技術の利用による生産の効率化・高付加価値化、輸出販路の開拓、米以外の作物への転換、などが挙げられる。

     食糧安全保障の重要性や自然条件が営農に及ぼす影響の大きさなどから、政府が農業者を財政的に支援することには相応の正当性があるが、その実施には財政規律に対する配慮が求められる。歴史的にみて、米政策に関連する財政的支援には農業者への一律的な支給を行うものが多く、「バラまき」と批判されるものも少なくなかった。今後は、財政的支援の「選択と集中」を図っていくことが重要となろう。

    (堀千珠・みずほ総合研究所主任研究員)

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