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原発輸出ゼロでも再編はない 日立・東芝・三菱の袋小路=宗敦司

日立製作所が撤退を決めた英中西部アングルジー島の原発の完成予想図(ホライズン・ニュークリア・パワーのHPより転載)
日立製作所が撤退を決めた英中西部アングルジー島の原発の完成予想図(ホライズン・ニュークリア・パワーのHPより転載)

 日立製作所が英国で進めてきた原発計画の凍結を正式に決定した。三菱重工業などが企業化調査(FS)を行っていたトルコ原発も中断される可能性が高く、日本の原発輸出案件は事実上ゼロとなっている。

 国内では9基の原発が再稼働したものの、その進展は遅い。日立や三菱重工、東芝の日本の原発プラントメーカーにとって、市場の縮小が明確となった今、再編は必至である。

日本の重電プラントが関与してきた主な海外の原子力発電プロジェクト
日本の重電プラントが関与してきた主な海外の原子力発電プロジェクト

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株式市場は撤退を支持

 日立は1月17日、英中西部のアングルシー島ウィルバ・ニューイッドで進めていた原子力発電プロジェクト「ホライズン・ニュークリア・パワー」が経済性を確保できないという理由で計画の中断を発表した。英国政府、日本政府との交渉を重ねて、両国政府からの支援を取り付けてきたものの、現状では事業化が困難と判断した。

 英国政府はこの計画に「手厚い支援を提示した」(G・クラーク ビジネス・エネルギー・産業戦略相)とコメント。英国政府がプロジェクトの3分の1を保有し、建設工事完成までに必要な資金の全額を英国側で融資する用意があるとした。だが、大きな問題となったのが、電力買い取り価格だ。

 日立側は1メガワット(1000キロワット)時当たり90ポンド超を求めていたが、英国側が提示したのは同75ポンド未満。再生可能エネルギーのコストの低減が進むなかで、発電時に二酸化炭素(CO2)を発生させない電源とはいえ、原子力にこれ以上の優遇措置はできない、というのが英国の言い分だ。

 一方、日立としては、この価格で事業採算のとれる案件ではない。それに加えて、日立が見込んでいた日本の電力会社からの出資を取り付けることができなかったことも、中断を決める要因となった。

 市場の評価も決定を後押しした。昨年末に日立はスイスの産業機械メーカー、ABBの送配電事業部門、ABBパワーグリッドを約7000億円で買収することを決めた。日立にとって過去最大の投資だ。世界各地での送電網の拡張と高度化の需要は大きく、今後日立のIoT(モノのインターネット)技術との融合により、スマートグリッドなどの新規分野の拡大など、極めて将来性の高い事業買収だ。

 リスクを抱える英国原発の事業化を強行すれば、この買収メリットを毀損(きそん)しかねない。逆に言えば、ABB送配電事業の買収によって、英国原発のプライオリティーが大きく低下した、とも言える。

 英国原発中断の記事が出た1月11日、日立の株価は前日から8.6%上昇し3346円をつけた。株式市場は原発中断により発生する3000億円の減損よりも、将来の原発リスクを嫌忌したことが明確となったわけだ。

急成長する中国とロシア

 海外原発計画では昨年5月、東芝が受注していた米サウス・テキサス・プロジェクトからの撤退も決め、11月には英国北西部で進めてきたムーアサイド原発計画の撤退を発表。東芝は子会社ニュージェンの清算を決めた。

 また、トルコで三菱重工などが進めているシノップ原発計画も、コストが大幅増加しており4兆円から5兆円規模とも言われている。事業出資を予定していた伊藤忠商事はすでに撤退しており、三菱重工もFS完了後、トルコ政府と協議を行っているが、現地のリラ安もあり、経済性が見込めないことは明白。近いうちに同プロジェクト断念が決定されると見られている。

 これで海外の原発計画で日本から輸出できる具体的候補がなくなった。サウジアラビアで計画されている新規原発建設計画(140万キロワット×2基)の国際入札では、日本は応札すらしていない。

激減する日米欧と成長する中国、ロシアの原子力発電容量(IEAによる2040年の原子力発電容量の見通し)
激減する日米欧と成長する中国、ロシアの原子力発電容量(IEAによる2040年の原子力発電容量の見通し)

 今、世界の原発計画で積極的に受注活動を展開しているのは、ロシアと中国だけだ。いずれも計画から資金調達、建設、運営、放射性廃棄物の処理まで、原発のライフサイクル全体を引き受ける提案をしてコストの安さを武器に受注案件を伸ばしている。

 これまで原発を保有しておらず、しかも電力需要が大きく伸びる中東やアフリカ、南米など、採算性の問題から先進国が輸出対象とすることができない地域に対しても中国とロシアは進出してきており、日本は対抗するすべを持たない。原発輸出は、将来性が見込めない状況となった。

小型炉、高速炉も見えず

 一方、国内原発市場も不透明さが増している。昨年までに9基の原発が再稼働しているが、10基の原発の廃炉が決定した。エネルギー基本計画に基づくと2030年までに30~35基の原発稼働が必要だが、今のところ原子力規制庁から認可済みのものと審査中を含めても25基にしかならず、いまだに認可を申請していない原発が13基ある。しかも、その中には運転開始30年を超えた原子炉も6基含まれている。プラントのメンテナンス・回収費用は高齢化に伴って高くなっていく。そのコスト負担に加えて、新基準に沿った安全対策費も高くつく。

 エネルギー経済研究所の試算によると、安全対策の費用は、全体で4兆4000億円とするが、これ以上に拡大する可能性が高く、最終的にどこまで費用がかさむことになるかわからない。そのため投資回収の見通しが立っておらず、今後も廃炉決定が続く可能性が高い。しかも、政府は新増設については態度を明らかにしていない。

 これらを埋め合わせするかのように、資源エネルギー庁は来年度予算で従来の原発に比べ、安全性と経済性、機動性を持つとされる新型炉となる「革新的原子力技術開発」に6億5000万円の予算を付けた。

 どのような原子力発電プラントになるか、タイプは特定していないが、米国などで開発が進められている小型炉(SMR)が念頭にあるようだ。SMRは出力規模が数十万キロワット以下の小型の原子炉で構造がシンプルなため、軽水炉に比べ安全度が高いと言われている。さらに初期投資が小さく済み、原発の新規導入を計画する国に対する輸出用としても注目されている。しかし、SMRの経済性は完全に確立されたわけではない。

 国内の原子力産業の維持を考えた場合、使用済み核燃料のリサイクルを進めてきた高速炉の開発も重要となる。

 経済産業省の「高速炉開発会議」戦略ワーキンググループは、廃炉が決まった「もんじゅ」に代わる核燃サイクルとして、新たな高速炉を今世紀後半にも実用化する戦略ロードマップを昨年12月に発表した。しかし、このロードマップに重電3社や電力会社は戸惑っている。

 これまで日本の高速炉技術は、冷却材に液体金属ナトリウムを使い、核燃料を増殖するナトリウム冷却型で進められてきたにもかかわらず、今後の開発プロセスではまず「炉型を限定せずに技術提案を受ける」ことになっており、ナトリウム冷却炉に優先権を持たせていない。

 会議の委員からは技術の蓄積がある「ナトリウム冷却炉を優先すべき」という意見が寄せられたが、それは反映されていない。

 一方で経済性については特に繰り返し言及されており、再生可能エネルギーとの価格競争を求められている。読み方によっては「経済性が確立できなければ、撤退する道筋を暗喩している」(プラントメーカー)という見方もあり、計画を進めるように見えつつも、腰が引けてきているのではないか、との臆測もある。

電力が主導する再編?

 日本の重電3社にとって原発プラント市場は縮小市場となっている。現状は再稼働のための対策工事で事業を維持しているが、再稼働したのは三菱重工が提供する加圧水型軽水炉(PWR)ばかり。柏崎刈羽原発が再稼働すれば、沸騰水型軽水炉(BWR)を提供する日立と東芝は燃料供給などの事業で一息付ける。だが、今後は国内原発も不透明さが増す。3メーカーがともに存続する道は極めて狭い。

 99基の原子炉が稼働している世界最大の原発市場である米国でも、ゼネラル・エレクトリック(GE)とウェスチングハウスの2社しか存在しないのに、再稼働が進んでも38基の日本で3社ものプラントメーカーがあるからだ。

 これまで何度も、原子力プラントメーカーの再編は話題に上ってきた。そのために政府が動いたこともある。例えば、06年には輸出用を念頭とした、日本型軽水炉を3社で共同開発する事業を経産省が行ったことがある。

 この開発を通じて、3社統合へとつなげたい意向があったのだが、結局は概念設計だけで終わり、その後各社はGEと日立、ウェスチングハウスと東芝、アレバと三菱重工と、それぞれに海外と連携し、国内での事業統合の必要性は低下した。福島原発事故ですべての原発が止まり、燃料供給事業も細って、ふたたび話題となったが、それでも再編はなかった。

 海外原発で日本が入りこむ余地の薄くなった現在、国内市場での事業継続を図らねばならない。それでも、これまでの経緯からメーカー同士の協議だけでは、国内原発メーカーの再編が実現することは難しいだろう。実際、現状でも、各社の原子力事業はそれぞれ1500億円を超えており、当面は事業維持できる規模はあるが、今後は不安が残る。

 英国原発中断の会見で、日立の東原敏昭社長は再編について「議論を進めていくべき」と危機感を示した。

 エネ庁のある幹部は、「プラントのユーザーである電力会社がリードすれば実現するかもしれない」と指摘する。原子力を今後も維持したいのであれば、電力会社が主体的に動いていくしかないという見方だ。

 東京電力ホールディングスの小早川智明社長も原発事業再編について「メーカーを含めた統合は合理的」と述べている。原子力事業を個別の会社で進めることは難しいという認識は関係者全てが保有している。

 だが、長年競合してきたメーカーが柵を超えられるか、電力会社が再編をリードする腹を据えられるかどうか。再編への道のりは険しい。

(宗敦司、エンジニアリング・ビジネス編集長)

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