将来性のない原子力産業 人材確保に近道はない=村上朋子/80
「国が目指す“2030年のエネルギーミックス目標”の原子力比率20~22%は達成できるんですか?」という質問を筆者はよく受ける。
30年の電力に占める割合20~22%に相当する原子炉基数は、原子炉30~35基程度である。しかし、11年の福島第1原子力発電所事故発生時にあった54基のうち16基が廃止となり、18年現在、残る既設炉は38基。うち9基が再稼働し、6基が再稼働の認可を受けている。残る23基は数年以内に再稼働する保証はない。新規建設計画にも特段の動きが見られない。そうなると上記目標を「達成できるわけはない」と考えるのは極めて自然であろう。現実を見れば、これで原子力産業に明るい将来展望を持て、というほうが無理である。
そこで問題としてよく挙げられるのが「人材確保」である。基数は激減しても、プラントがある以上は安全な運転にかかわる人材は不可欠だし、放射性廃棄物処理・処分、廃炉に取り組む人材も必要である。その人材をどこからどうやって確保するべきか。エネルギー産業の関係者なら一度は考えたことのある問題であろう。
従事者は減っていない
この問題を考えるにあたって必要な基本情報は、原子力事業における従事者数のトレンドである。
新規着工こそ途絶えたものの50基以上が運転中だった2000年代と、基数が激減しつつある現在とで従事者数にどれくらいの差があるのかをまず確認してみる。日本原子力産業協会の「原子力発電に係る産業動向調査」 は1959年から続く定点観測で、ここに電気事業者(電力会社)と鉱工業他(プラントメーカーなど)それぞれの原子力関係従事者数の推移がある(図)。一目見てわかるとおり、電気事業者・鉱工業とも、直近20年弱の従事者数に大きな変動はなく、約4万2000~5万人で推移し、うち鉱工業他は3万2000~3万8000人程度、電気事業者は99年から16年にかけて約1万人から1万3000人に増加している。「原子力産業の魅力が低下し、優秀な人材が集まりにくくなった」と言われるほどのことは実データからは読めない。
ではなぜ多くの人が異口同音に「原子力産業の人材確保」に危機感を持つのか。それは実はこれが古くて新しい問題だからである。日本に原子力産業が誕生して以来、長期的な人材確保が課題として挙がらなかった時代はない。
例えば、82年6月30日原子力委員会決定「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」 (いわゆる「長計」)には、長期的な人材確保のあり方として以下のような記述がある。「…将来必要となる技術者数については、原子力発電の将来規模等から推定すると、1990年度には、6万6000人程度(エネルギー利用分野で約4万人、放射線利用分野で約2万6000人)となる。原子力技術は、広範な専門領域にわたる総合技術であるため、これらの技術者を確保するためには原子力分野に限らず幅広い専門分野の技術者を広く確保し、企業内又は専門の研修機関において原子力専門知識について再教育することが重要である。」(第4章 開発利用推進上の課題 2.原子力関係技術者 より引用)。
82年ごろといえば国・民間が共同で原子力プラントの改良標準化を進め、電力会社もメーカーも多くの建設案件を抱え、原子力産業は花形成長産業であった。一部の大学には原子力工学科に優秀な学生が集まっていたといわれる。しかし、実際は当時からすでに原子力工学科は人気のある学部ではなかった。
将来に向けて人材確保という課題は早い段階から認識されていたのである。その危機感のもととなっている要因は、「長計」にも言及されているとおり、原子力が「広範な専門領域にわたる総合技術」で、将来は基数もさらに増えるだけでなく再処理や放射性廃棄物処理・処分などが本格化し、質量の両面で人材をより充実させる必要がある、と思われていたからである。
すなわち原子力産業は常に「原子力分野に限らず幅広い専門分野の技術者を広く確保」する必要があり、現にそうしてきたといえる。
人材確保に近道なし
原子力分野を支える技術者が原子力工学の専門家ばかりではなく、むしろそれ以外の優秀な人材に支えられてきたことを示唆する状況証拠がある。「原子力関係企業の人材確保・配属状況」 というデータで、97年から17年までの直近20年間にわたり、電力会社・メーカーそれぞれについて原子力部門への配属人数を電気・機械・化学・原子力などの学科別に集計した日本原子力産業協会の「原子力関連企業・機関の採用状況の調査」の一部である。
それによると、原子力工学系からの採用率が20%前後で推移する一方、電気系や機械系からそれぞれ20~30%、化学・材料系他から30%程度、幅広い分野から人材を採用していることがわかる。採用人数は年によりかなりの変動があり、直近20年で最多だった10年の約600人(推定)と最少だった13年の約200人(推定)とで約3倍の開きがあるが、人材の門戸を原子力系に限定しない幅広い分野に開いている流れは一貫している。
原子力産業を支える中核的な人材が原子力工学科以外から集められるのであれば、人材の長期的な育成・維持・技術継承にあたって原子力工学科の存在意義は何なのか。
前述の82年の「長計」には既にこの問題に対する方向性が示唆されている。「企業内又は専門の研修機関において原子力専門知識について再教育することが重要」というくだりである。
05年に東京大学大学院に設置された「原子力専攻(専門職大学院) 」はまさにこの方向性に沿うもので、「原子力分野等で働いた経験のある社会人を主な対象者」とし、学部であまり扱わなくなった「原子炉物理学、原子力熱流動工学、原子力構造工学、原子力プラント工学、原子力燃料材料工学、廃棄物管理工学など原子力工学の各科目」を教え、「1年間で原子力修士(専門職)の学位取得」を目指すこととしている。
30年前に学部でこれらの専門科目を履修した筆者から見ても、このカリキュラムは原子力産業界の今後の課題である「プラントの安全性・信頼性向上、放射性廃棄物管理、廃止措置」に広く合致すると思われる。
原子力産業界は昔から原子力に限らない多様な専攻分野から人材を集め、必要ならば改めて大学における専門教育を受けさせるなどして基幹となる人材を維持してきた。
そう言われると「今まで何とかなってきたのだから、これからも何とかなるだろう」と楽観的なことも頭をよぎるが、80年代のように原子力産業規模がさらに拡大していくと期待されていた時代と、縮小に向かう今後とを一緒に論じることはできない。明るい将来展望が持たれていた80年代でさえ、「長計」の記述のように繰り返し課題として取り上げられてきたからこそ何とかなってきたのであろう。
そうであれば今後も、多様な人材確保と専門教育体制の維持を古くて新しい課題として認識し、例えば文部科学省の「産学連携による高度人材育成等」 に組み込むなど、声を上げ続けていかねばならない。
昔も今もそして将来も、原子力産業が花形であろうが落ち目であろうが、人材確保という課題解決に近道はない。
(村上朋子・日本エネルギー経済研究所 原子力グループマネージャー)
■人物略歴
むらかみ・ともこ
1967年広島市生まれ。92年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士修了。同年、日本原子力発電に入社。2004年に慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士修了、経営学修士取得。05年より日本エネルギー経済研究所勤務、07年より現職。