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国際・政治 福島後の未来をつくる

いよいよ大型炭素税の出番 企業相殺減税で経済の活性化も=小林光/79 

小林光(こばやし・ひかる)1949年生まれ。73年環境庁(現環境省)に入り、京都議定書に関する国内外の交渉や石油石炭税の導入などを担当。2009年事務次官。11年に退官し、慶應義塾大学を中心に研究教育にあたる。17年から1年間、米シカゴ近郊の大学に赴任、教鞭を取るかたわら米国の環境動向を調査。博士(工学)
小林光(こばやし・ひかる)1949年生まれ。73年環境庁(現環境省)に入り、京都議定書に関する国内外の交渉や石油石炭税の導入などを担当。2009年事務次官。11年に退官し、慶應義塾大学を中心に研究教育にあたる。17年から1年間、米シカゴ近郊の大学に赴任、教鞭を取るかたわら米国の環境動向を調査。博士(工学)

 東日本大震災により、原子力の安全性への信頼は失われた。多くの原子力発電所が停止され、再開にこぎつけられたのは、2018年11月7日時点で、9カ所、総出力は約900万キロワット、日本の電力供給に占める割合は17年実績で3%に過ぎなくなった。代わって伸長したのが石炭火力で、震災前の出力の約3800万キロワットが約4700万キロワットと増大し、17年度の日本の総電力供給の33%を占めるまでになった。

 石炭火力の利点は、まずもってその安さにある。しかし、相当な公害対策を施さないと、大気汚染の原因となるうえ、セメント材料以外にはほとんど用途のない大量の灰と、二酸化炭素(CO2)を生んでしまう。石炭火力発電の電力1キロワット時は、天然ガス火力発電の倍近いCO2を生じる。このCO2は最も重要な温室効果ガスである。すでに、その大気中濃度は、およそ400ppm(体積百万分率)となっていて、160年前(産業革命前)の280ppmと比べて4割以上も増加している。このため、極めて確からしい因果関係で、地球の気候は暑くなり、海は炭酸を溶かして酸性化し、気候災害も増えている。例えば、米国海洋大気庁の気象災害統計によれば、同国の、1件10億ドル(約1130億円)を超える激甚な災害件数は、1960年代以来今までの長期平均が年間6件であるのに対し、17年までの直近5年間の平均では11・6件とほぼ倍増している。

英国は石炭火力ゼロへ

 すでに欧州諸国では原子力を減らすだけでなく、石炭火力も減らし、地球温暖化を進めない、自然エネルギーを活用する動きが盛んになっている。英国では、18年中にも石炭火力が発電しない日が来るという(英国外務省気候変動特別代表ニック・ブリッジ氏の来日時の講話)。石炭を使った産業革命の祖国において、新たな人類史に向けた一歩が再び刻まれる。

 風力や太陽光のような自然エネルギーからつくられる電力の大きな問題はその価格だ。風が吹くときや太陽が照る日は、毎日でもないし、1日の変動も著しい。需要とは無縁に発電される。このため、大量に使おうと思うと蓄電池が必要になり、自然豊かな遠隔地から都会への送電線の新設も必要だ。特に日本では、これらに伴う膨大な投資額を嫌い、自然エネルギー起源の電力のシェアは、ドイツの半分以下など欧州諸国に比べて相当に低い。

 ここで筆者が指摘したいのは、石炭などの化石燃料起源の電力は、ジュールとかカロリーといったエネルギーの効用でこそ自然エネルギーと同等だが、その安さは、前述の地球温暖化のような世の中に及ぼす迷惑への対応を怠っていることによって成り立っている、ということである。仮に、この世界に押し付けている迷惑や損害(経済学の用語では社会的費用)を止めようとすると、石炭火力で言えば、排煙からCO2を分離し、これを廃ガス田などに埋めてしまうCO2分離・貯蔵対策(CCS)を講じる必要がある。

 このような対策を法規制で強制するのも一案だが、欧州などで広く実施されているのは、もっと柔軟な方法で、炭素税という政策である。

 排ガスとして出したCO2の総量、あるいは消費した石炭などの化石燃料中の炭素の総量に比例して額が決まる税金を支払うものである。この政策は、煙を出す発電所など個々の企業に大きな裁量を許す。石炭などを使い続けたければ、税金さえ支払えば使い続けられ、省エネ型の設備を入れれば、支払う税金額を減らすこともできる。企業は自分の設備の燃料費や改造に要する費用などを分かっているので、払わなければいけない税金額と、石炭を使い続けた場合の利得や省エネ設備の費用などをみな合計して、一番得になる戦略を選べるのである。さらに、個々の企業が合理的な対応を取る結果、社会全体としても環境対策の費用総額を最小化することができる。汚染する人が対策の費用を負担するので、自然エネルギーを支援するための補助金を国民皆で捻出する必要もなくなり、公正にもかなう。

米国の大学で筆者が教材に使っていたノードハウス氏の一般向け書籍『The Climate Casino』
米国の大学で筆者が教材に使っていたノードハウス氏の一般向け書籍『The Climate Casino』

 この炭素税を具体的にどう設計すべきか、すでに多くの研究がなされている。なかでもいち早く炭素税を提唱し、研究成果を発表してきた米国エール大学のウィリアム・ノードハウス博士の業績を評価して、18年のノーベル経済学賞が授与されたことは記憶に新しい。

 炭素税(二酸化炭素税)は、1990年のフィンランドを嚆矢(こうし)にして北欧諸国やオランダなどの環境に熱心な国々に広まっていき、ドイツが大規模な環境税制改革を99年から06年にかけて行った。13年には英国、14年にはフランスという具合に、ついには欧州の大国が皆採用した。

欧州の成功例に学ぶ

 実は日本でも、03年には、それまで無税だった石炭への課税が始まり、さらに、12年からは、燃料に含まれる炭素量に応じた課税を行う「地球温暖化対策税制」が導入された。しかし、その税率は、炭素1トン当たりに換算して欧州と比較すると、例えばフランスの炭素税に比べ20分の1以下で、炭素税以外の課税を考慮しても税総額で数十ユーロ安く、その効果は限定的だ。

炭素生産性推移
炭素生産性推移

 日本は、石油危機の試練を経て省エネ先進国になった。その後の円為替レートの改善などを経て、燃料不足の危機感、ひいては省エネへの熱意が薄れ、図にあるとおり、炭素(CO2排出量)1トン当たりの付加価値(炭素生産性)は、欧州の主な競争相手であるドイツや英国に比べ大きく見劣りしてしまった。

 他方、地球温暖化への対策の必要性は世界中でますます高まっている。省エネ機器や自然エネルギー利用技術に対しては大きな需要があって、国際市場はどんどん拡大している。日本も他の主要先進国と同様、50年には21世紀初頭のCO2などの排出量の80%削減を目標としている。その達成のため、そして一歩進んで大きな国際市場に早く参入するため、大型炭素税を導入するよう、与党や財務、環境などの省庁にお願いしたい。

 しかし、変革と言えば何事にも臆病な日本である。安い方がありがたい燃料価格をあえて政策的に引き上げる、といったドラスチックな政策は、果たして世間に受け入れてもらえるのだろうか。

 ここでも先輩欧州諸国の知恵が参考になる。例えばドイツの約6兆円規模の環境税制改革では、政府税収の増加の見返りに、社会保障の雇用主負担金が大きく減らされた(政府財源となったのは税収の約7%)。この結果、企業全体に課される公租公課はほとんど増えなかった。環境を汚す企業の負担は増えたが、環境を汚さずに稼ぎ、あるいは人の頭脳で稼ぐべく雇用を増やすような企業の負担は減った。こうした税制全体にわたる改革を通じて、環境の改善と経済の活性化が同時に進められた。

 日本も改革に臆病にならず、大きなニーズのある環境市場でこそもうけをとるべきであろう。ちなみに、米国でも、与党共和党議員が炭素税法案を提出している。刮目(かつもく)が必要だ。

(小林光、慶応義塾大学政策・メディア研究科特任教授)


 ■人物略歴

こばやし・ひかる

 1949年生まれ。73年環境庁(現環境省)に入り、京都議定書に関する国内外の交渉や石油石炭税の導入などを担当。2009年事務次官。11年に退官し、慶応義塾大学を中心に研究教育に当たる。17年から1年間、米シカゴ近郊の大学に赴任、教鞭のかたわら米国の環境動向を調査。博士(工学)。

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