止らない4大監査法人の大量退職、急増する企業内会計士=岡田英
「東芝の不正会計事件を見て、監査法人でやっていくリスクは大きいと思った」。4大監査法人の一つ、EY新日本監査法人に約4年勤めた牧野晋乃輔さん(27)は、昨夏に退職したきっかけの一つをこう語った。
入社翌年の2015年、東芝の不正会計問題が発覚。東芝担当ではなかったが、国内企業の監査部門に所属しており「隣の部署で火事が起きたようなものだった」。一握りの優秀な人材だけが十数年かけて上り詰める幹部社員「パートナー」が、東芝の不正会計問題で一瞬で失脚するのを目の当たりにした。
入社後の自らの経験でも、監査の仕事の限界を感じていた。あるとき、クライアント企業に資料を要求すると監査用に作った資料を差し出された。「普段使っている資料を監査できないなんて、誰のための監査なのか」と疑問を持った。
その代わり、入社2、3年目で、スタートアップ企業の新規株式公開(IPO)に向けた支援に携わり、企業の成長に関わる面白さに触れたのが転機になった。先端技術のベンチャーへの転職を考え始め、昨年8月に将棋アプリで知られる人工知能(AI)開発会社HEROZ(ヒーローズ、東京都港区)に移った。今は経営企画部マネジャーとして、予算編成や経理、監査法人への対応に奔走。仕事の幅は広いが、会計の知識や監査の経験が「役に立っている」と感じるという。
「働き方改革」でしわ寄せ
こうした4大監査法人からの転職者は、どれくらいいるのか。その数は公表されていないが、日本公認会計士協会の増田明彦常務理事は「年間、数百人規模」と話す。
公認会計士の試験合格者数は近年、約1000~1300人ほどで推移。その約9割はEY新日本、トーマツ、あずさ、PwCあらたの4大監査法人に就職する。しかし、4大法人に所属する公認会計士(試験合格者を含む)の年度末時点の人数と、各年度の新規採用人数から、1年間に減っている会計士数を推計すると、1000人前後で推移していることがうかがえる(図1)。減少数にはグループ会社や海外提携先への転籍者なども含まれる。これを差し引いても、退職者数が年間数百人はいるのはほぼ確実だ。
国際会計基準(IFRS)への移行や企業のグローバル化などで監査業務は増える一方で、監査法人の人手不足は常態化している。そこに働き方改革の波も加わり、厳しい業務効率化も求められている。あずさ監査法人では夜9時以降、パソコンから社内ネットワークに接続できなくなった。同法人の現役会計士は「業務量は多いまま、働ける時間が圧縮され、自分が納得できる仕事ができないと辞めていく人も出てきた」と打ち明ける。
転職先として増えているのは、上場企業やベンチャーの最高財務責任者(CFO)や経理部、管理部などで働く「企業内会計士」だ。リーマン・ショック後の10~12年、監査法人でリストラが相次ぎ、上場会社やベンチャーに転職する例が多発したのを機に、増え始めた。
「企業内」は5年で3倍
日本公認会計士協会によると、企業内会計士が任意加入する「組織内会計士ネットワーク」の登録者数は12年末に543人だったが、5年で約3倍の1618人に急増(図2)。その後もさらに増えている。特にIPOを目指すベンチャーでは、会計士は引く手あまたで好条件で転籍できることが多いという。同協会では、約3万人の公認会計士のうち約1割強は組織内会計士が占めていると推定されている。
国や監査業界は00年代に入り、国際会計基準への対応などのために会計士を増やそうとしてきた。06年から試験を簡素化し、07年の合格者は約4000人に膨らんだ。だが、翌08年のリーマン・ショック後、監査法人は採用を絞り、就職できない浪人が続出。かつて弁護士と並ぶほどだった会計士の人気は陰り、14年には出願数が15年ぶりに1万人台に落ち込んだ。
そんな人気低迷からの脱出を図れるか。
同協会の増田常務理事は「会計士のキャリアが多様化し、いろいろな道ができ始めた。その方が志望者も増えるのではないか」と人材の流動化にむしろ期待を寄せている。
(岡田英・編集部)