ベネズエラ 「2人の大統領」 反政府派の新星推す米国の思惑=坂口安紀
今年1月以降、南米の産油国ベネズエラは、2人の大統領が並び立つ政情不安に陥っている。1月10日に大統領2期目に就任したとする反米左派のニコラス・マドゥロ氏を、中国、ロシア、キューバ、トルコが支持。一方、1月23日に暫定大統領に就任すると宣言したフアン・グアイド国会議長を米国やカナダ、欧州やラテンアメリカの大半の国、日本が承認・支持し、国際社会を二分する事態に発展している(図)。一体、何が起こっているのか。
カリスマ的指導者、ウゴ・チャベス前大統領の死去後に政権に就いたマドゥロ大統領の任期は、今年1月10日に切れた。それ以降の大統領は昨年12月の選挙で選出されるはずだったが、マドゥロ政権は反政府派の統一候補と目されるリーダーを政治犯として逮捕するなどし、立候補できない状況に追いやった(表)。そのうえで、選挙を5月に前倒しして実施すると発表。これには、民主的選挙の最低限の基準も満たしていないとして国内外から強い批判を浴びたが、マドゥロ政権は選挙実施を譲らなかった。
反政府派は選挙をボイコット。米国やヨーロッパ諸国、ラテンアメリカ諸国、そして日本もこの選挙は民主的でないとして、選挙結果を承認しないと表明していた。
マドゥロ氏が2期目の大統領就任を宣誓する一方、反政府派は選挙およびその結果に正統性はないため、1月10日以降は大統領が不在であると主張。憲法は、大統領が絶対的不在の状況に陥った場合、国会議長が暫定大統領の任につき、30日以内に大統領選挙を実施すると規定している。これに基づき、1月5日に国会議長に任命されたばかりのグアイド氏が暫定大統領に指名されたのだ。
急浮上したグアイド氏
突如登場したグアイド氏を核とする反政府派の求心力が、短期間でここまで爆発的に高まるとは、反政府派市民さえ予測しなかっただろう。
2017年までに幾度もマドゥロ政権を崖っぷちに追い込みながらも政権交代につながらず、反政府派市民の間には政治的無力感が広がっていたからだ。加えて、政治犯への拷問など、マドゥロ政権による反政府派への弾圧が広がり、18年は反政府派の抗議デモは前年までの勢いを失っていた。また、反政府派政党の連合組織である民主統一会議(MUD)も内部対立で消滅していた。
グアイド氏は35歳。国会議員になってわずか3年で暫定大統領に任命された、まさに新星だ。1月初めまで無名だった彼の政治家への道は07年、チャベス前政権のメディア弾圧に抗議する学生運動に始まる。その後、反政府派の中でも急進派の若手政治家レオポルド・ロペスらとともに「大衆意志党」を立ち上げ、15年末の国会議員選挙に同党から立候補して勝利し、国政デビューした。
反政府派政党連合を構成する主要政党は、議長職を毎年輪番制で務めることで合意しており、19年は「大衆意志党」の番であった。しかし、党首ロペスは反政府活動を主導したとして逮捕され、彼に続く2番手、3番手も逮捕を免れて亡命している(表)。そのため、無名だがロペスからの信頼が厚いグアイド氏にお鉢が回ってきたというわけだ。
グアイド氏を核として反政府派が急速に一致団結したのは、米国、カナダ、ヨーロッパ、ラテンアメリカ諸国などが、マドゥロ氏の大統領2期目就任を承認しないとの声明をすぐに発表したことが強い追い風となった。とくに米国が強い介入姿勢を見せたことで、無力感にとらわれていた反政府派の間に、マドゥロ政権打倒への大きな期待が一気に膨らんだと考えられる。
米大統領選前のポイント稼ぎ
米国は1月28日、ベネズエラ国営石油会社PDVSAが米国に持つ子会社CITGOの資産凍結と、ベネズエラとの石油貿易を禁止する制裁措置を発表した。ベネズエラにとって米国は最大の石油輸出先であるため、マドゥロ陣営は政権維持の生命線である外貨収入の大半を失った。一方、米国はグアイド氏の要請に応じて食料や医薬品といった人道支援物資を提供。コロンビアの国境の町ククタに輸送し、ベネズエラ国内への持ち込みを模索するグアイド陣営を後方支援している。
なぜ、トランプ政権はここまでベネズエラに関わるのか。民主主義や人道主義の擁護は言うまでもないが、一方で、来年再選をめざすトランプ大統領にとって政治的メリットが見込めるという思惑が透けて見える。ベネズエラを独裁体制から救い出せば、大票田のフロリダ州など米南部地域で、ヒスパニック系有権者へのアピールとなるだろう。また、マドゥロ政権が倒れれば、同様に独裁色を強めているニカラグアのオルテガ政権や、ベネズエラからのエネルギー支援に依存するキューバに対しても、大きなインパクトを与えることは必至で、トランプ政権は外交面でポイントを稼げる。政権交代すれば、世界最大の石油埋蔵量をはじめ天然ガス、ボーキサイトなど多くの天然資源に恵まれたベネズエラに、米国資本も以前のように参入できるようになるという経済的メリットも、もちろんある。
距離取り始めた中露
一方で、中国とロシアはマドゥロ氏を支持し、米国の関与を内政干渉であるとして強く非難している。マドゥロ氏の背後に中露が、グアイド氏の背後に欧米諸国がついたことから、冷戦期の再来かという見方も散見されるが、それは当たらない。
ロシアは、武器輸出や、核弾頭を搭載できる戦闘機の派遣など、ベネズエラに対して軍事的思惑があったことは確かであろう。しかし、ロシア、中国ともにマドゥロ政権を支持する最大の理由は、両国がベネズエラで持つ経済的利益を守るためであり、両国はそれを基準に今後の対応を検討すると考えられる。
両国ともベネズエラの石油開発に複数の国営石油会社を参入させているうえ、マドゥロ政権への貸付金が焦げ付いている。両国が債権を回収するには、ベネズエラの産油量や経済活動全般が回復することが不可欠だ。マドゥロ政権の経済失政に業を煮やした両国はそれぞれ18年、マドゥロ政権に対して経済政策の見直しを求めたとされる。だが、マドゥロ政権は十分に応じず、国家経済は年末に向けて下落の一途をたどった。
一方、グアイド氏は政権交代後の国家計画を発表し、石油部門も含めた経済自由化や外資誘致による経済再建策を掲げた。政権交代した方が中露にもメリットがあるとアピールしているが、説得性があることは北京もモスクワも理解しているだろう。
実際、中国とロシアは、言葉ではマドゥロ政権を支持し、米国による干渉を強く非難する一方、マドゥロ政権生き残りのための具体策には一切手を貸していない。むしろ、中国は「両者と会う準備がある。中国とベネズエラは長期にわたってプラグマティック(実利的)に協力し合ってきた」と公言。ロシアの銀行が、ベネズエラの国営石油会社の口座を凍結したというニュースも出ており、中露が距離を取り始めたことがうかがえる。
鍵は軍掌握
かつてない経済危機に見舞われ、支持率が低迷するマドゥロ大統領が政権を維持できているのは、軍、とりわけ上層部の支持を取り付けているからだ。中級以下の軍人らは一般国民同様に厳しい生活を強いられ、多くは心情的にはマドゥロ政権から離れていると言われている。一方、軍の上層部が崩れていないのは、チャベス、マドゥロ両政権下で受けてきた経済的恩恵や政治権力を失うことへの懸念に加え、その多くが汚職、麻薬取引、反政府派政治家や市民への弾圧などの人道的犯罪に関与しており、政権交代してその責任を問われるのを恐れているためと見られる。また、キューバ情報部の力を借り、軍内部への監督を強化。18年には政治的理由で逮捕される軍人の数が急増している。
ベネズエラでは、深刻な食料・医薬品不足で乳幼児や病人が命を落としている。グアイド陣営は、米国やコロンビアなどの協力で、粉ミルクや医薬品などの人道支援物資を国内に持ち込もうとしているが、マドゥロ側は米国による内政干渉だとして断固拒否。2月23日には多くのベネズエラ人ボランティアが支援物資の国内持ち込みを試みたが、マドゥロ側は武力で阻止。300人近い死傷者を出し、支援物資に火をつけ焼失させた。国際社会からはマドゥロ側への批判が高まっており、事態はますます緊迫している。
グアイド陣営は軍人らに「民主主義の側につく」ことを訴え、2月25日時点で160人以上の兵士がグアイド側に離反。だが、まだマドゥロ体制を崩すほどの規模ではない。今後、軍人の離反が増え、人道支援物資の持ち込みに成功すれば、政権崩壊の可能性は高まる。
一方、こう着状態が続けば最悪の場合、米国など外国軍に介入を要請する可能性もある。事態は流動的で今後の予測は難しいが、短期的には軍人の離反者増加、中期的には外貨収入確保が、鍵を握る。
(坂口安紀・JETROアジア経済研究所主任調査研究員)