週刊エコノミスト Online 挑戦者2019
串間充崇 ムスカ会長 ハエで食糧危機救う
世界の食糧危機を救ってくれるはず──。そう信じ、ハエの幼虫を使って家畜のふんから、有機肥料と飼料を作り出す研究を続け、量産化にめどがついた。世界にも展開し、日本発「昆虫メジャー」を目指す。
(聞き手=藤枝克治・本誌編集長、構成=岡田英・編集部)
畜産農家から出る家畜のふんは従来、微生物に発酵させて堆肥(たいひ)にしてきましたが、2、3カ月以上の時間とコストがかかっていました。これをたった1週間で成し遂げるのが、イエバエの幼虫です。
イエバエは身近にいるハエの一種。社名は、学名の「ムスカ・ドメスティカ」にちなんでいます。ただ、我々が使っているのは、約45年間、1100世代にわたって選別交配を重ねて品種改良された、ハエ界のサラブレッド。普通よりも成長速度が速く、大量の卵を産み、有機廃棄物をより早く肥料化できます。
もともとは、火星への有人宇宙飛行を計画した旧ソ連が往復約4年間の長期滞在のため、人間の排せつ物からイエバエを使って肥料・食糧を自給しようと、研究を進めていました。旧ソ連崩壊で継続困難になり、いまは我々が引き継いでいます。
ふん100キロに対し、イエバエの卵をほんの30グラムまけば、約8時間で13~15キロ分の幼虫が生まれます。そして、ふん中の有機物を酵素分解することで、良質な有機肥料ができます。幼虫は成長するとふんからはい出るので、乾燥させて粉末にし、家畜や養殖魚の飼料にします。ふんのにおいは酵素で消臭されます。
家畜のふんは野積みしていると悪臭や水質汚染の原因となるため、2004年から家畜排せつ物法で、屋根付きの場所などで適切に管理することが義務付けられ、各地に大規模な堆肥化施設ができました。それから十数年が過ぎ、多くが建て替え時期を迎えています。そこを従来の微生物処理からイエバエ処理のプラントに置き換えれば、処理は数倍速くなり、コストも抑えられます。1日100トンのふんを処理できる実用プラントを年内にも九州に着工予定です。
ハエに捧げた人生
祖父が電力マンだったこともあり、最初に就職したのは中部電力でした。3年ほどして物足りなさを感じていた矢先、社宅のテレビで、故郷・宮崎にある技術商社の社長が旧ソ連からイエバエの研究を引き継ぎ、自給型のまちづくりに取り組んでいるのを知りました。「やりたいのはこれだ」と衝撃を受け、その小さな商社に転職しました。
しかし、社長が体調を崩し、資金繰りが悪化。事業を引き継ぐ形で独立しましたが資金難は相変わらずでした。自宅や車を売ったり、親戚らに借金したりして、イエバエの飼育は続けました。旧ソ連時代から交配を続けてきたハエたちを捨てたら、食糧難を救う人類の財産を捨てることになるという強迫観念があったんです。
イエバエの可能性を理解してくれた福岡の投資会社から16年に出資を受けたことで、実用化に向けて軌道に乗り始めました。
日本で発生する家畜ふんは年間8000万トン以上。その他に、家庭から出る生ゴミが混ざっていても効率よく処理できるかを確かめる実証実験施設も今春、関東地方に作ります。
目標は25年までに、1日100トンを処理可能なプラントを国内外で7000~8000カ所作ること。世界を見渡せば、昆虫を使って有機廃棄物から肥料やたんぱく質を作る競合他社が台頭し、何百億円の資金を調達しています。我々の技術は世界トップ級。一気に普及させ、世界の昆虫メジャーを目指したいです。
企業概要
事業内容:有機廃棄物を使った有機肥料や飼料の研究開発など
本社所在地:福岡市博多区
設立:2016年12月
資本金:4501万円
従業員数:15人(2018年12月末現在)
■人物略歴
くしま・みつたか
1976年宮崎市生まれ。96年、国立都城工業高等専門学校卒業、中部電力入社。その後、宮崎県に戻り、ロシアからの技術輸入や商品開発をする商社「フィールド」に入社。事業を引き継ぐ形で2006年、技術商社「アビオス」を設立。16年12月、イエバエの研究開発に特化した「ムスカ」を立ちあげた。42歳。