週刊エコノミスト Online 終活で頼れる税理士・司法書士・社労士
要らない“負動産”どうする 未登記で済まず=黒崎亜弓
今年1月の仕事始めの日。司法書士法人ABC(大阪市中央区)には同じ内容の相談が20件以上寄せられ、1月中に200件を超えた。自治体から不動産の「相続人代表者」について届け出るよう求める書類が届いたという相談だ。
相続人代表者とは不動産の所有者が亡くなった後、代わりに固定資産税を支払う人を指す。自治体は4~6月にかけて固定資産税の納税通知書を送る前に、その送付先を確かめなければならない。昨年のうちに亡くなった所有者について昨年12月末~1月に書類を発送するため、年明けに相談が殺到するというわけだ。
残された不動産のうち、資産価値があり、誰が相続するかが決まっている土地や、住む人がいる家については自治体は固定資産税の納付者を把握できる。把握できず相続人全員に確認せざるをえないのは、使い道がなく、買い手もつきにくい不動産だ。最近では“負動産”という呼び名が定着してきた。亡くなったのが遠い親族だったりすると、書類が届いて初めて「自分がこんな土地の相続人とは知らなかった」と驚くケースもあるという。
日本の相続では、遺産分割協議や相続登記を行っていなくても、自動的に所有権が法定相続人たちに移る。土地を相続した後の所有権放棄については、認められないとする高裁判決が2016年に出ている。所有権があれば管理責任が生じ、家屋が倒れたり出火したりして周囲に被害を及ぼした場合に賠償請求されることも想定される。
司法書士法人ABCは、相続でも借金や価値のない不動産といった「負の相続」を専門に扱う。代表の椎葉基史司法書士は「負動産を合法的に手放す方法が用意されているのは相続のタイミングだけだ」と話す。
相続放棄でも残る義務
相続人が全員で家裁にて相続放棄の手続きをすれば、相続人が存在しない状態となる。手続きをとれるのは、相続発生を知った時点から3カ月以内に限られている。起点は「相続発生時」ではなく「知った時点」なので、自治体からの通知で初めて知ったという場合などには、相続発生から3カ月が過ぎていても家裁への申し立て自体は可能だ。
最近、相続放棄を扱う司法書士や弁護士は増えている。ただし、相続放棄しても、完全に負動産から解放されるわけではないことへの認識は異なるようだ。相続放棄後も民法上、「管理義務」は残る。課される義務とはどの程度なのか、判例はなく明らかではないが、15年に施行された「空き家対策特別措置法」の下で新たな動きも起きている。
空き家特措法では、空き家が倒れて周囲に被害をもたらす恐れがあったり、景観を損なったりしている場合、自治体は「特定空き家」に認定後、所有者に対して改善指導、勧告、命令、そして解体の略式代執行と段階的に対処できるとする。
司法書士法人ABCが扱った空き家のうち、相続放棄から何年もたった後で自治体から「管理上、危険が迫っているので対応するように」という指導や勧告の文書が届くケースがあるという。国土交通省は、相続放棄された空き家も、公費で略式代執行による解体は可能という見解を示しているが、自治体としてみれば、元の相続人にプレッシャーをかけて対処してもらえるのなら、それに越したことはないというわけだ。
そのため、椎葉氏は「相続放棄でも管理義務は残ることを説明し、リスクを回避する策として相続財産管理制度に基づく手続きをとる選択肢を示すようにしている」と話す。
相続財産管理制度では、家裁で相続財産管理人の選任を申し立て、家裁が選任した相続財産管理人が相続財産を換金し、債権者に支払ったうえで残りを国に引き継ぐ。国は不動産について換金しなくても受け入れる方向を示している。
この手続きでネックとなるのは費用と時間だ。申し立ての際に、相続財産管理人の報酬として家裁に予納金(100万円程度)を納める必要があるうえ、家裁が相続財産管理人を引き受ける弁護士や司法書士を探す段階から時間を要する。
有償で“廃品回収”
負動産を手放す唯一のチャンスである相続の際にも完全な放棄はハードルが高く、ましてや相続から時間がたってしまえば打つ手がない。自分はまだしも、子や孫にまで負担を負わせたくない──。そんな悩みを前に椎葉氏は昨年、有償で負動産を引き受ける別法人を立ち上げた。「いわば負動産の廃品回収会社だ」。
示す選択肢には、行政書士による市町村への寄付申請や、近隣住民への譲渡交渉もあるが、メインは、法人が不動産の所有権を引き継ぐこと。持ち主は一括で費用を支払いさえすれば、一切の負担から解放される。費用は相続財産管理制度でかかる予納金より高い分、すぐに解決できるのがメリットだ。法人は不動産を管理し、利活用の道を探るという。
“負動産”という言葉がクローズアップされるようになったのは最近だが、以前から地方の山林や農地など資産価値のない相続財産は存在していた。だが、相続にかかわる司法書士や税理士は、相続人たちも特段、対処を求めないからと「見て見ぬふり」をしてきたのが実情だ。資産価値があり、権利をめぐる争いが起こる可能性のある財産についてのみ相続登記や相続税申告といった手続きを行ってきた。
だが、いまや負動産は郊外の住宅地まで拡大している。東日本大震災の復興を通じ、所有者不明土地が土地利用を阻むという問題も浮かび上がった。国は不動産所有者の責務を強める方向で、相続登記の義務化が取りざたされる一方、所有権放棄の法制化や、相続放棄後の受け皿作りも検討課題として挙がっている。
使い道がなくコストとリスクが発生し続ける土地や家を重荷に感じる人が今後ますます増えるのは間違いなく、対応する士業には制度上の知識と、他業種とも連携した問題解決力が求められている。
(黒崎亜弓・編集部)