経済・企業復活する会社

森下仁丹 オッサンパワーで会社を変える=大宮知信/2

駒村社長自ら登場したポスター
駒村社長自ら登場したポスター

 森下仁丹のヒット商品、小さな銀色の粒の仁丹。年配の人なら知らない人はいないだろう。大阪市に本社を置き、1893年創業の老舗企業である。

懐かしさを覚える仁丹
懐かしさを覚える仁丹

 16種類の生薬を入れて作る仁丹は1960年代から70年代にかけて一世を風靡(ふうび)した。とくに愛煙家に支持されたが、昭和の終わりごろから売れ行きが低迷。タバコがマイルドになり、ガムやタブレット菓子などの競合商品が増えたこともあって、独特の苦みがある仁丹は次第に敬遠されるようになった。

 仁丹の売り上げは、82年の39億円をピークに減少の一途をたどり、2002年には3億円にまで落ち込んだ。03年3月期の決算で30億円の経常赤字を計上。借入金は50億円を超え、総売上高よりも金利負担の方が大きかった。銀行の管理下に置かれ、首の皮一枚でつながっているような状況だった。

 危機感を抱いた創業家が採った再建策は、三菱商事で海外子会社の立て直しに取り組んだ経験のある駒村純一氏を迎えることだった。

企業風土を変えた駒村社長
企業風土を変えた駒村社長

 駒村氏は03年に執行役員として入社。大手商社から社員300人規模の中小企業への転職である。しかも経営内容はどん底。一抹の不安はあったが、老舗企業ならではの眠っているお宝がたくさんある。これまで培ってきた技術を活用すれば、必ず復活できるという予感があった。

「線路を10本走らせろ」

 入社してまず取り組んだのが、社員の意識改革。当時、社内では危機感はほとんど感じられず、のんびりした雰囲気が漂っていた。かつて栄華を誇ったブランドの存在が会社の前進を止め、老舗体質が根付いてしまっていた。駒村氏は、過去の栄光を忘れること、自分たちの伝統と思い込んでいる企業風土や意識を変えること、老舗も新しいものを生み出さなければ生き残れないことなどを語り続けた。

 3年後の06年10月、社長に就任。あからさまなリストラはしないという前提で、「ある程度の強権を使って」組織改革と併せて財政の健全化に着手した。タイミングよく当時、不動産市場はミニバブルだった。駒村氏が目を付けたのは、大阪市中央区玉造にある老朽化した本社工場の土地建物。

「2000坪の土地があった。誰も考えることだが、この資産を売ればいいと。歴史のある会社で創業家もいるから、古手の役員はようものを言わんかった」が、説得して売却。「予想していた1.5倍ぐらいの価格で売れた。その後、本社は50メートル離れたところに、工場は大阪府枚方市にそれぞれ移転。この売却金で借金を返済して、さらに20億円くらいの利益が出た」。

 社長就任後、年功序列にとらわれず実力主義を浸透させるための人事を積極的に行った。中途採用と古参社員の立場が入れ替わったり、年下の人が上司になることもあった。激しい配置転換に不満を抱いて辞めるものも出たが、これぐらいの“荒療治”を行わなければ、地盤沈下した老舗企業を浮上させることはできないと考えていた。

 駒村氏は2年ぐらい前から社内で「新卒よりも50歳過ぎが欲しい」と言い出した。組織を発展させるには、若手の先生役が必要だった。イキのいい若手より定年間近の「オッサン」を採れというのだから、常識では考えられない発想だ。「17年3月に、約10人の“第4新卒”を採用しました。次の会社をリードしていく人材です」

 駒村氏の定義によれば、「新卒」は大学を卒業したばかりの若者。「第2新卒」は就職して3年以内に転職した人たち。「第3新卒」は大学院博士課程を出た未就労者。それに対し「第4新卒」とは、社会人として長年経験を積んだ人材を指す。駒村氏の造語だ。

 予想以上の反響があり、全国から2200人の応募があった。最高齢は72歳。そのうち30代から定年前後の60代までの10人を幹部候補生として採用した。こうした中途採用者が社内を元気づけるカンフル剤になっている、と駒村氏は言う。

 駒村氏は社員に「線路を10本走らせろ」と檄(げき)を飛ばす。入社当時、森下仁丹は「仁丹」という一つの大ヒット商品に頼り切っていた。これでは仁丹が売れなくなれば会社はつぶれる。駒村氏の戦略は「選択肢」を増やすことだった。これに対して社員からは、むしろ「選択と集中」でいくべきではないか、との声も出た。しかし何が成功するか分からない時代、選択肢は多い方がいいというのが駒村氏の考えだ。

 15年4月から機能性表示食品の法整備が変わり、消費者庁に届け出ればサプリメントに機能性を記載することが認められるようになった。このとき森下仁丹は、体脂肪を減らす機能がある「ローズヒップ」、食後の血糖値の上昇を緩やかにする「サラシア」、ストレスを和らげる効果がある「テアニン」など、一挙に6種類の商品ラインアップを届け出て、すべて受理された。これも「10本の線路」を敷いて一斉に列車を走らせていたからこそなし得たことだった。

カプセル技術を他社に提供

 森下仁丹は元々、消費者相手のビジネスだが、これからは自社ブランドに拘泥せず、オープンイノベーション(単独で開発を進めるのではなく、異業種の技術やアイデアと組み合わせて製品化すること)によるビジネスを展開していく方針。

「仁丹」で培ったシームレス(継ぎ目のない)カプセル技術を使った「ビフィーナ」という製品がある。ビフィズス菌を生きたまま腸に届けるというのがウリで、93年に発売されヒット商品となった。だが、こういうヘルスケア事業はライバルが多く、そこだけにエネルギーを注いでも大きな利益は得にくい。

 これまでシームレスカプセルの技術はヘルスケア・食品関連に限られていたが、希少金属(レアメタル)の回収や、木造家屋を食い荒らすシロアリ駆除(殺虫剤入りの疑似卵カプセル)などにも使える。

 駒村氏はさらに産業用へと用途の拡大を狙っている。自社の製品だけでなく、他社にも積極的に技術提供。今や他社からの依頼で作るカプセル事業が売り上げの約3割を占め、経営の大きな柱となっている。

 会社の売り上げも順調に伸びている。08年3月期の売上高は71億円だったのに対し、18年3月期は108億円。10年間で1.5倍になった。

 森下仁丹は古いイメージの老舗企業から先端テクノロジーの会社へと変身を遂げようとしている。

(大宮知信・ジャーナリスト)

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