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サウジアラムコ起債に応募殺到 LNG、石油化学でも影響力増大=岩間剛一

上場は断念したが、まさに面目躍如だ(Bloomberg)
上場は断念したが、まさに面目躍如だ(Bloomberg)

 サウジアラビアの国営石油企業サウジアラムコに、世界の債券投資家の注目が集まっている。サウジの実力者ムハンマド皇太子が推し進める経済構造改革の原資として予定していたサウジアラムコのIPO(新規株式公開)は断念に追い込まれたが、次善の策として打ち出したサウジアラムコの債券発行計画に対し、運用難に悩む債券投資家の応募が殺到。サウジアラムコは当初予定よりも調達資金を積み増し、まさに面目躍如といったところだ。

 サウジアラムコにとっては今回が世界の債券市場へのデビューとなる。ロイター通信などによれば、サウジアラムコは3年、5年、10年、20年、30年の年限に分けて起債し、100億ドル(約1兆1000億円)を調達する予定だった。ところが、フタを開けてみると投資家からの応募が殺到し、4月9日時点で1000億ドルを超えたという。これを受けて、サウジアラムコは起債額を120億ドルへと積み増した。

 驚くのは、その発行条件である。債券発行時の利回りは信用力の高い米国債を基準に決められ、ブルームバーグなどによれば、サウジアラムコ10年債の利回りは米国債に105ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)上乗せした水準となった。この利回りの水準は同じ年限のサウジ国債を12.5bp下回っており、サウジアラムコが持つ豊富な原油埋蔵量や収益力の高さが、債券市場では政府(ソブリン)よりも高く評価された結果といえる。

米アップルの1・8倍

 実際、サウジアラムコの業績は驚異的だ。サウジアラムコが4月1日、初の起債を前に投資家向けに開示した財務情報によれば、2018年のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は2240億ドル(約24兆6000億円)、純利益は1111億ドル(約12兆円)とケタ違いの規模だった。純利益は上場企業で世界最大の米アップル(595億ドル、18年9月期)の1.8倍を超え、同じ石油企業の米エクソンモービル(208億ドル、18年12月期)の5倍以上に達する。

(出所)各種専門機関の資料を基に筆者推計
(出所)各種専門機関の資料を基に筆者推計

 サウジアラムコの強みは、サウジの石油・天然ガス開発を独占していることにある。サウジは南米ベネズエラに次ぐ、世界第2位の原油埋蔵国だが、超重質油で生産コストの高いベネズエラの原油と異なり、軽質であるうえに生産コストが1バレル当たり4ドル程度に過ぎない。世界最大の産油国となった米国のシェールオイルの生産コスト(1バレル当たり30ドル超)と比較しても、極めて高いコスト競争力を持った世界一の優良原油である(図)。

 サウジアラムコは債券発行で調達した資金を手元資金と合わせて、世界的化学メーカーに成長した国営企業サウジ基礎産業公社(SABIC)の買収に充てる。その企業価値は1000億ドル(約11兆円)にのぼり、株式の7割は政府系ファンド「パブリック・インベストメント・ファンド」(PIF)が保有する。サウジアラムコがSABICを買収すれば、7兆円以上の資金が政府の経済構造改革の原資となる。

 サウジ政府はもともと、企業価値が2兆ドル(約220兆円)ともされるサウジアラムコの株式のうち、5%をニューヨーク、ロンドン両証券取引所へ上場し、1000億ドル(約11兆円)の調達をもくろんでいた。だが、サウジの原油埋蔵量などは重要な国家機密であり、どこまでサウジアラムコの財務状況が開示されるのかが不透明だった。サウジ側は両証取に上場基準の緩和を求めるなどしたが、受け入れられることはなかった。

 加えて、昨年10月に起きたサウジ人著名記者の殺害事件により、サウジ政府とムハンマド皇太子が国際社会から非難され、欧米諸国の証券市場や金融機関の支援を得ることが難しくなった。そこで、サウジ政府はIPOを断念し、開示の基準が緩い債券発行へと方針転換する。世界的な低金利環境が続く中、投資家は相応の金利が見込める優良・大型の投資先を渇望していた。また、株主責任を負う株式への直接投資とは異なり、債券投資は国際社会の非難も浴びにくいという事情もあった。

構造改革の「先兵」に

 サウジは政府歳入の7割近くを石油収入に依存する。だが、ここ数年は原油価格の低迷や不安定な値動きが続き、昨年12月に発表した19年の政府予算は5年連続の赤字を見込む。そのため、サウジ政府は増税や補助金の削減など財政健全化に取り組むが、国民に不満が高まって王族支配の根幹すら揺らぎかねない。そうした危機感を背景に、ムハンマド皇太子が16年4月、石油依存の経済構造を脱却しようと打ち出したのが「ビジョン2030」と呼ぶ経済構造高度化構想である。

 ビジョン2030では、数値目標を掲げて製造業や中小企業の振興など経済多角化を目指すとしたが、その原資として当初期待していたのがサウジアラムコのIPOだった。そのIPOが頓挫したことで経済構造改革の行方も危ぶまれたが、サウジアラムコの起債によって評価を一変させた。また、サウジアラムコはSABIC買収により、油田開発から、石油精製、石油化学と、上流から下流まで一貫操業する巨大企業となり、サウジ政府の改革を資金面で支える先兵ともなる。

 サウジアラムコは、さらに野心的な目標を掲げる。LNG(液化天然ガス)の輸出プラントを持たず、これまでは原油生産に随伴する天然ガスはフレアとして燃やすだけだったが、アミン・ナセルCEO(最高経営責任者)は昨年11月、30年までに世界最大のLNG輸出国となることを表明。今後10年間で天然ガスに1500億ドルを投資するとし、敵対するLNG大国のカタールやイランを脅かす姿勢を鮮明にした。

 サウジアラムコは石油化学部門も強化しており、今年2月には中国・遼寧省で中国企業とエチレン生産能力が年間150万トン、石油精製能力が日量30万バレルに達する総額100億ドルの石油精製・石油化学コンビナート建設で合意した。また、中国や韓国、インドネシアなどアジア諸国の製油所にも出資し、貴重な原油輸出先と位置づけるアジア諸国の囲い込みを図っている。債券市場やLNG、石油化学にまで及ぶサウジアラムコの影響力は、もはやとどまるところを知らない。

(岩間剛一・和光大学経済経営学部教授)

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