週刊エコノミスト Online令和の日本経済大予測

米自動車関税 共同声明も覆すトランプの強権 「税率25%」のカードを切る日=羽生田慶介

    日本の自動車産業に与える影響は計り知れない(Bloomberg)
    日本の自動車産業に与える影響は計り知れない(Bloomberg)

     歴史は繰り返す──。1989年の「平成」、2019年の「令和」。くしくも新旧の改元の年に、日米は大きな貿易協議を開始した。平成元年に始まったのが貿易不均衡の是正を目的とした「日米構造協議」だった。

     そして元号が令和に改まる直前の今年4月15、16日、米ワシントンで日本と米国の閣僚級による「物品貿易協定(TAG)」交渉の初会合が行われた。茂木敏充経済再生担当相と米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表による「交渉」ステージの幕開けだ。

     TAG交渉入りが首脳間で発表されたとき、専門家の間ではにわかに安堵(あんど)の空気が流れた。18年9月に安倍晋三首相とトランプ米大統領から発信された共同声明に、次のような文言が組み込まれていたからだ。

    「日本の農林水産品の譲歩は、過去の自由貿易協定(FTA)で約束した市場アクセスの内容が最大限である」。つまり、日本としては、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)で米国に譲った内容以上の譲歩はこの先しないという立場ということだ。共同声明では、米国はこの立場を「尊重する」としており、仮に米国が日本の農産品の関税引き下げを勝ち取ろうとして、どんな厳しい要求をしたとしても、日本はTPP以上の譲歩は拒絶できることになる。

     共同声明には他にも「市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること」という一文も入ったが、同時に「この協定の交渉中は、双方の政府の立場を尊重し、本共同声明の精神に反する行動をとらない」とも記された。

     これが意味するのは、米国がちらつかせる自動車関連の関税引き上げも、TAG交渉中には適用されないということだ。したがって日本は米国の無茶な要求に悠々と「NO」と言い続ければよい。

     米国をTPPに引き戻したい日本としては、いま米国にTPP並みの条件を2国間で与えるのは本意ではない。だが米国から際限なく要求される事態を避けることができたのなら、それは何よりの安心材料だ──そう思われていた。

    米国内法に基づく高関税

     ところが、こうした楽観的な見方では済まなくなってきた。

     第1回のTAG交渉直前の4月初旬にワシントンで開かれた米国の業界団体や元政府高官の討論会では、首脳の共同声明を歯牙にもかけない要望が噴出した。

     米自動車政策評議会の幹部は、米国の対日貿易赤字の8割を自動車分野が占め、米国車の日本への輸出台数が極端に少ない現状を「異常事態」と指摘した。

     米国が、北米自由貿易協定(NAFTA)を見直した米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)交渉で、メキシコやカナダに求めたように、日本に対米自動車輸出台数を制限する「数量制限」を要求する可能性も出てきた。4月の第1回TAG交渉ではお互いのスタンスを再確認するのにとどまったが、次回交渉からは、さらに強い要求が示される可能性もある。

     だが、米国との自動車交渉の難しさは別のところにある。日米2国間交渉での要求ではなく、米国の国内法である「通商拡大法232条」による各国からの輸入に対する新たな高関税措置だ。たとえ2国間のTAG交渉で米国からの要求を免れても、この国内法によって米国は世界の国々に高関税を課すことができる。米国にとって232条は、いわば「ワイルドカード」(万能の切り札)である。

     米国の「国家安全保障上の脅威」を理由とする貿易制限措置の232条は、昨年3月の鉄鋼・アルミ製品に対する高関税で日本の産業にも痛手を負わせている。トランプ大統領は昨年5月、米国への自動車・部品の流入がこの「脅威」に該当するかの調査を商務省に指示。該当する場合、現状2・5%の関税率を25%にまでアップさせる見通しだ。

    「Xデー」は5月18日

     今年2月17日、この調査報告がついにトランプ大統領に提出された。内容は非公開だが、大統領は90日以内に追加関税措置について判断することになっている。その期日は、日本の元号が変わった直後の5月18日だ。

     世界各国の政府当局や産業界が、この日のトランプ大統領による発信を固唾(かたず)をのんで注視している。なにせ「2.5%から25%への関税アップ」はおおごとだ。一般に、輸入原価にかかる関税は、税引き前利益にかかる法人税の10倍近いインパクトがある。

     トランプ政権の通商政策には、自動車・部品の高関税措置があって初めて機能するものも多い。今回のTAG交渉も、米国は「関税を25%にされたくなければ」という脅しとセットでなければ日本から多くを引き出せない。トランプ政権が積み上げてきたNAFTA改定、そしてTPP離脱による2国間交渉へのシフトも、この「自動車・部品25%関税」が前提となった仕掛けだった。

    米国が輸入する自動車部品で日本の割合が高い品目
    米国が輸入する自動車部品で日本の割合が高い品目

    「米国の貿易赤字は中国によるものなのだから、日本を目の敵にすることはないだろう」という日本企業の叫びが聞こえてきそうだ。だが、米国の自動車業界から見れば「日本こそ憎し」の輸入品目も多く存在する。例えば、ギアボックスは米国の全輸入の約3分の1を日本が占めている(図)。こうした状況から、米国の雇用を奪っているという見方もある。他にも電装部品やタービンなど、完成車だけでなく部品レベルでも高関税にすべき対象とみなされ得る品目がある。

     実のところ、自動車部品の高関税措置には、GMやフォードといった米国の自動車メーカーもコスト増の観点から反対意見を表明している。トランプ大統領がこれに配慮し、「Xデー」の5月18日時点では、いったん高関税措置を見送る可能性もある。だが、あくまで232条は国内法。トランプ大統領がいつ同じ議論を蒸し返すかまったく予断できない。ねじれ議会の下、トランプ政権には他にあまり切れるカードがないのだ。

     企業が令和に入って最初に作る中期経営計画は、この複雑性の中で策定される。綿密なシナリオ分析が欠かせない。

    (羽生田慶介・デロイトトーマツコンサルティング執行役員)

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