ポケトークで「言葉の壁」を打破 松田憲幸・ソースネクスト社長
Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)
── 通訳機「ポケトーク」は2017年12月の発売以来、累計販売台数が40万台を超えました。ヒットの理由は。
松田 ポケトークは、話した言葉をその場で別の言語に通訳してくれる携帯端末です。使用した人はそのスピードと正確さに驚きます。長い文章でも通訳可能ですし、従来は認識しにくかった固有名詞なども訳せるようになりました。英語と日本語はもちろん、18年9月発売の2代目の機種は74言語に対応したことも強みです。
── どういう人が買っているのですか。
松田 まず、海外へ観光旅行に行く人が、現地での買い物や食事、ホテルなどで使う需要があります。意外に多いのが、語学学習用です。「これって英語で何て言うんだろう」という時に、日本語で話せばすぐに英語の文章になる。ゲーム感覚で楽しめて、一人で練習できることが人気の理由です。
── 個人用以外の利用は。
松田 ビジネス需要も大きいです。9年前には約800万人だった訪日外国人が、18年には3000万人を超えるなど、急激に伸びています。例えば、東京・銀座にもたくさん外国人がいて、店舗で接客するには言葉の対応が大変です。英語なら、10万円を“hundred thousand yen”と言うことができても、中国語や韓国語だとわからない人が多いでしょう。
通訳者は費用がかかるうえに普通は一言語しか対応できません。従業員が語学を習得するにも時間とコストが膨大です。ポケトークは1台2万9800円で、2年間、世界各地で使える通信料込みなので、非常に安いと思います。
── 翻訳機能は端末ではなく、ネット上のクラウド(サーバー)が担っています。どういう翻訳エンジンが動いているのですか。
松田 言語に応じて、最適な翻訳システムを使っています。例えばグーグルは英語・フランス語間は強いですが、アジアの言語はあまり強くない。日本語・中国語なら百度(バイドゥ)が強いとか、精度が高いものを選ぶことができるのが我々の強みです。英語・日本語はグーグルを使っています。
── スマートフォンでも同じようなことができます。違いは何ですか。
松田 性能の良しあしはハードウエアに依存します。音声を聞き取るマイクの性能は、スマホよりも専用機であるポケトークのほうがいい。口元から離したらスマホだと音声を拾いづらくなりますが、ポケトークなら大丈夫。スマホだとスピーカーも小さいですが、ポケトークは大きな音が出せるので、家電量販店など騒がしい場所でも使いやすい。専用機のメリットは大きいです。
── 開発で大変だった点は。
松田 通信環境の整備が課題でした。ネットにつながないと翻訳できないため、世界中で使えるようにするためには、グローバル対応のSIMカードが必要です。ところが、通信を伴う製品は通常、月額料金を課金するために、利用者がクレジットカード番号などを登録する必要があります。スマホなら必需品だから可能でしょうが、翻訳機だと難しい。そこで、思い切った手段として2年間、使い放題で支払いが一度で済むグローバルSIMをソラコム(東京都世田谷区)に提供してもらい、これが突破口になりました。
── 自身のビジネスや英語学習の経験も開発の動機ですか。
松田 英語の勉強に苦労したというのは根本にはあります。大げさにいえばこの製品は日本の国力を変える力があります。平成の30年間あまり、日本がほとんど経済成長をしなかったのは、グローバリゼーションに乗り遅れたことによるもので、それは言葉の問題が大きかったと思います。
── 12年からシリコンバレーに移住しています。
松田 大きく影響を受けています。ソースネクストのビジネスにはタイピング練習ソフトの「特打」のように自分たちで作った製品と、良い製品を海外から持ってくることの二つのモデルがあります。後者の場合、海外に住んだ方が絶対にプラスです。
── 19年3月期は、売上高が前年比77%増の168億円、営業利益は2倍の25億円と大幅な増収増益の予想です。ポケトークによるものですか。今後の見通しも併せて教えてください。
松田 売上高の増加分はほとんどがポケトークです。営業利益の増加分も主にポケトークの貢献です。何年後とは言えませんが、売上高1000億円を目指したいと考えています。東京オリンピックや大阪万博もあり、ポケトーク自体まだ伸びるでしょうし、子どもやお年寄りの見守りなどいろいろなIoT製品を今後も投入していきます。
(構成=浜田健太郎・編集部)
横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A ソースネクストを設立して社長として朝から晩まで働いていました。「特打」などを量販店の店頭に立って売っていました。
Q 「好きな本」は
A ピーター・ドラッカーの著作や『ビジョナリーカンパニー2』(ジム・コリンズ著)などです。
Q 休日の過ごし方
A 2人の子どもと遊ぶことです。映画を見に行ったりします。
■人物略歴
まつだ・のりゆき
1965年生まれ。大阪府立大学工学部卒。89年日本IBM入社、96年8月にソースネクストを設立し現職。53歳。兵庫県出身。
事業内容:パソコン・スマートフォンのソフトおよびハードの開発・販売
本社所在地:東京都港区
設立:1996年8月
資本金:35億900万円
従業員数:139人(2018年3月末、連結)
業績:(18年3月期)
売上高:94億9400万円
営業利益:12億3700万円