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メイ首相、涙の辞任表明 「EU離脱」本質は国内権力闘争=渡邊啓貴

    最後までEU離脱を巡る駆け引きに翻弄された。写真は5月24日、ダウニング街の首相官邸前で辞任表明するメイ英首相
    最後までEU離脱を巡る駆け引きに翻弄された。写真は5月24日、ダウニング街の首相官邸前で辞任表明するメイ英首相

     5月下旬にEU(欧州連合)各国で欧州議会選挙が行われた。議会といっても各国の国民議会に準ずるような立法機関ではない。1979年に直接投票制度を導入し、冷戦終結後から徐々に立法機関としての性格を付与されつつあるが権限は限定的だ。

     しかしその欧州議会選挙では前回、前々回をはるかに上回る51%の投票率を記録した。そして欧州各国の反EUポピュリスト勢力の伸張が著しかった。とくに4月のEU首脳会議(欧州理事会)で10月末まで延期が可能となったブレグジット(英国のEU離脱)で揺れる英国ではブレグジット党が第1党になり、政権与党の保守党と労働党の2大政党は10%前後へと低迷した。

     ポピュリズムのもっとも簡単な定義は「反エリート主義」だが、貧富の格差を顧みず、庶民の生活を無視して統合を推進するかに見える政治家やEU官僚たちは、多くの人々にとって「エリート」そのものである。反EUポピュリストが民衆の声を代表するという論法もデモクラシーの論理だ。だとすれば、ブレグジットをめぐる混乱は「デモクラシーの代償」だ。

    最大の焦点は社会保障

     ブレグジット派の議席数が増えた英国では事態は混沌(こんとん)としてきた。すでに欧州議会選挙直前にメイ首相は、6月初めに離脱協定案を議会にかける意向を表明したが支持されず、5月24日、6月7日に辞任することを表明した。英国の政局はブレグジットの行方が見通せないまま、保守党党首争いの内政に戻る。今後の成り行きは波乱含みで、ブレグジットは宙に浮いたままだ。

     EU離脱協定は、今年1月15日、3月12日、29日の3回に及ぶ英下院の投票で批准されなかった。EU側はメイ首相の要求を受けて、3月末の離脱を4月12日に延期したが、その後も英国国内での進展がないとみて、4月10日のEU臨時首脳会議では離脱期日を最長本年10月末まで延期した。固唾(かたず)をのんで成り行きを見守っていた世界はひとまず安堵(あんど)したが、事態が好転しているわけではない。

     2016年以来のブレグジット論争は英国の真剣な論争だったといえるであろうか。もともと16年の国民投票前の議論に見られたのはフェイクニュースによる事実無根の扇情的な政治的混乱だった。離脱によって英国はEUの分担金を免れて財政負担を軽くすることができ、それを社会保障費に回すことができる。外国人労働者がいなくなることで国民の雇用効果が期待できる。EU離脱によって英国はEU以外の国々との連携を深めることでより経済の好循環が期待できる、などなど。いずれも数字的根拠の不確かな、むしろ冒険主義的な主張が乱舞した。

     そして選挙後に離脱支持の政治家たちが前言を簡単に撤回するという事態が繰り返された。「反エリート」ポピュリズムと喧伝(けんでん)されたが、その指導者層には上級階層出身者もいた。もともとEU離脱を問う国民投票の実施はキャメロン首相(当時)の国内総選挙対策の一環だったし、離脱派の意図は政権転覆のための手段を選ばない大衆迎合的な言葉にあふれたキャンペーンだった。一昨年6月のメイ首相の解散総選挙も議会内での離脱派のための多数派工作であったが、選挙戦の論点は必ずしもEU離脱ではなかった。社会保障政策が最大の論点だった。論争の根底にあったのは、政権交代のための権力闘争ではなかったか。その論争の種としてEU離脱が利用されている。

     5月にメイ首相はコービン労働党党首と会談したが、交渉は決裂した。メイ首相は労働党が再度国民投票を実施したいのか、ブレグジットに反対か否かもわからなかったと不満をぶちまけた。コービンの狙いはブレグジットそのものよりも、解散総選挙にあるといわれている。

     最大の論争点である北アイルランド国境問題も、もともと落としどころのないテーマだ。3000人の犠牲者を出したといわれる長年のテロの末、妥協したのが北アイルランドがアイルランド共和国と英国本土いずれとも一体性を維持する今の状態だ。しかしブレグジットになると、北アイルランドが英国本土と一体性を維持しようとすれば、アイルランド共和国と切れる(物理的な国境が復活する)ことになる。それはないという前提で、モノの移動の自由のためにアイルランド共和国との関係を維持し、英国本土と一体化したままであるならば実質的にブレグジットは成立しなくなる。北アイルランドを通してEUと英国の物流の自由は保持され、英国は現実には離脱しない状態になるからだ。そしていずれの場合にも、北アイルランドの英国統合派とカトリック系(アイルランド派)を納得させることはできない。

     出口の見えない議論が英国国内で繰り返されていることになる。EU側は積極的に英国に対して離脱を促すわけではなく、離脱決定の撤廃も視野に入れた対応をとってきているが、常に球は英国側にあるという姿勢を崩さない。つまり「ブレグジットはあくまでも英国の問題であり、EU崩壊の議論ではない」のである。

     その国内政治が依然として不安定だ。欧州議会選挙によってそれは加速化された。すでに5月2日英国で行われた地方選挙では、メイ首相の保守党と最大野党の労働党が共に後退した。地方選挙はイングランドと北アイルランドで行われたが、保守党が16の自治体で多数派を失い、議席数も25%近く減らした。惨敗だった。他方、労働党も多数派の自治体を一つ失い、全国で議席数を79減らした。逆に、統合支持派の自由民主党は得票を大きく伸ばした。既成2大政党への反発も大きかった。

    離脱再考の流れも

     欧州議会選挙では、離脱派ファラージ前UKIP(英国独立党)党首が再結成したブレグジット党の支持率は31%でトップだ。保守党は内部にハードブレグジットとソフトブレグジットの対立を抱え、労働党は反ブレグジット派を内包する。メイ首相の辞任も英国国内政治の解決を意味しない。新たな政権移行の場合の混乱も十分に予測されるからだ。でなければ政権交代を追い風に、ブレグジット再考へと風向きが変わるかもしれない。EU問題を内政の道具とし、振り上げたこぶしの落としどころを探している。それが英国のブレグジット論争の実態なのか。だとすれば英国は永遠にEUの真のメンバーになることはない。EUに残留したとしても、欧州統合へ身の入った貢献はできそうもない。他のEU加盟国の英国への不信感払拭(ふっしょく)は容易ではない。

    (渡邊啓貴・帝京大学法学部教授)

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