「脱炭素」税制、デンマークの苦悶=倉地真太郎
90年代奏功、00年代に意見対立
内閣府が2016年に実施した「地球温暖化対策に関する世論調査」によれば、環境問題に関心があると回答した割合は87・2%であり、前回07年調査の92・3%よりも若干低下した。今後、環境に対する人々の関心を集めながら、「脱炭素社会」を実現するには、どのような戦略が求められるのだろうか。
筆者が専門とする北欧諸国は、環境先進国として、環境税の一つ・炭素税を世界でいち早く導入した国々であった。世界で初めてフィンランドが1990年に導入してから、91年ノルウェー、スウェーデン、92年デンマーク、と導入が相次いだ。
特にデンマークは、90年代に度々実施した税制改革で、さまざまな環境税の導入・増税を盛り込み、環境税収の割合が国際的に見ても高いのが特徴的である。デンマークで環境税が積極的に導入されたのには二つの背景がある。
第一に、環境意識の高まりである。第1次石油ショックを機に代替エネルギーの普及を推し進める環境運動が活発になった。90年代当時、デンマークでは他の税と比べて環境税に対する支持が高く、94年の世論調査でも約83%の回答者が「もし税金が環境の改善に向かうのであれば、より多くの税金を支払ってもよい」と回答している。この傾向は特に若者の間で強く、環境教育の成果がうかがえる。
第二に、新たな財源確保の必要性である。90年代初頭、デンマーク経済は10%を超える失業率に直面しており、政府は労働供給の増加を狙いとして所得税の最高税率を引き下げる改革を繰り返した。しかし、福祉水準を維持するために、所得税減税の代替財源が必要であった。その矛先となったのが使途を定めない一般税としての環境税、つまり環境に負荷をかけるエネルギー消費に対する課税であった。環境税は、石炭、石油、ガスなどのエネルギー消費(炭素税)や廃棄物(包装物税)に対して、あるいは環境に負荷がかかる製品の使用・販売(フロン税など)に対して法人・個人双方に課された。このような、既存の税制を環境税制に組み替えて税収の規模を維持することを、「税制のグリーン化」という。税制の組み替えは、環境税による環境改善効果と既存税制の税率引き下げによる経済効果(例えば所得税率の引き下げによる労働供給増加など)という二つのメリットがあることから、「二重の配当」が見込めるといわれていた。
実際、デンマークでは労働市場政策改革の好影響もあって、90年代中ごろになると失業率は5%まで半減した。当時の温室効果ガスの削減目標達成の見通しは不透明だったが、環境税による温室効果ガスの削減効果は一定程度みられたと評価されていた。
低所得ほど高負担率
ところが、2000年代初頭になると状況が変わってくる。ITバブル崩壊を機に経済成長率が低下し、社会民主党政権への批判が強まり、環境税に対する支持が薄れていく。
実は、炭素税などのエネルギーに対する課税は、低中所得者に負担が相対的に偏ってしまうという問題があった。石油やガスなど生活に必要なエネルギー消費への支出が所得全体に占める割合は、低所得であるほど高くなるという逆進性があるのだ。90年代の度重なる環境税増税の結果、この逆進性が影響して低中所得者層の負担が過大になってしまった。環境税の増税は所得税の最高税率の引き下げとセットで実施されたので、高所得者の負担は減る一方で低中所得者の負担が増えてしまったのである。さらにデンマークは他の北欧諸国同様、海外との資本の移動を自由化しているものの、資本の移動の影響が世界に及ぶほどではない「小国開放経済」である。政府は、国内産業を小国開放経済に適応させるべく、輸出企業の国際競争力をつけるため、あるいは、海外から資本を呼び込むために、法人への税負担を抑える傾向があった。多くの炭素を排出する法人には負担の軽減措置を導入し、家計に対する負担が偏っていた。10年以降は税率を一本化している。
そこで野党である右派中道政党グループは00年代初頭から選挙公約で、環境税を含む多くの税の実質的増税を禁止、あるいはインフレに伴う負担増の制限を行うルール、いわゆるタックス・フリーズ政策を掲げて、国政選挙に勝利する。このような背景から右派中道政権は、環境税の増税をストップし、00年代の環境税収は90年代と比較して伸び悩むことになった。温室効果ガスの削減政策は排出権取引などによって代替されていくようになる。
増税余地少なく
デンマークは低中所得者の負担増に対してどう対応したのか。その答えは、グリーン・チェックと呼ばれる低中所得者層を対象とした税額控除制度の導入であった。10年代になると、再び社会民主党が政権を握るようになるが、そこで実施された環境税引き上げに対して、低中所得者や子育て世帯の税額控除額を引き上げることで環境税の逆進性という問題をクリアしようとした。グリーン・チェックの導入によって多くの税収が失われるため、税収の穴埋めが必要になる。しかし、皮肉にも税収を確保するために環境税を増税すること自体が困難になってきている。
19年6月の国政選挙でも、環境問題と税負担のあり方が争点となった。隣国のスウェーデン人環境保護活動家が気候変動の危機を訴え、デンマークの若者の関心を集めた。デンマーク国内でも選挙前の時期に国内でデモが活発に行われた。選挙では気候変動問題と高所得者の租税回避への対策を掲げる社会民主党ら中道左派陣営が勝利し、4年ぶりに政権交代を果たした。対して、気候変動問題に懐疑的な極右政党のデンマーク国民党は大敗を喫した。
翻って日本では、パリ協定の下、政府は今世紀後半のできるだけ早い時期に「脱炭素社会」を実現するための長期戦略を閣議決定した。環境税については12年に地球温暖化対策税が実施されたが、依然として税率や税収額は他国と比べて小さい。創設が決定した国税版森林環境税も負担の根拠や森林保全の交付が森林地域外に振られていることへの批判もある。環境目的であれば納税者の理解は得やすいかもしれない。だが、環境意識の向上への取り組みや負担や配分の合意を怠れば、長期的に反発が起こる。何のための環境税なのか、再び見直す必要がある。
(倉地真太郎・明治大学政治経済学部専任講師)
■人物略歴
くらち・しんたろう
1989年神奈川県生まれ。2011年慶応義塾大学経済学部卒業、16年慶応義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。修士(経済学)。慶応義塾大学経済学部助教、後藤・安田記念東京都市研究所研究員を経て19年から現職。専門は財政学。
本欄は、堀井亮(大阪大学教授)、小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹)、高橋賢(横浜国立大学教授)、宮本弘暁(国際通貨基金エコノミスト)、稲水伸行(東京大学准教授)、倉地真太郎(明治大学専任講師)の6氏が交代で執筆します。