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MMT人気の裏に民主党進歩派 「民主社会主義」の論理的支柱=中岡望

「財政赤字は問題ではない」と説く現代金融理論(MMT)が米国の政界で着実に影響力を増している。米国で支持者が増えている“大きな政府”を掲げる民主社会主義と、その論客のバーニー・サンダース上院議員をはじめとする民主党リベラル派の支えとなっているのがMMTである。

ケルトン教授(Bloomberg)
ケルトン教授(Bloomberg)

 進歩的な民主党議員が注目する経済学者が、MMTの代表的な論者として知られるニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のステファニー・ケルトン教授である。ケルトン氏がワシントンで注目される契機となったのは、2014年にサンダース氏の肝煎りで上院予算委員会の首席エコノミストに登用されてからだ。

サンダース上院議員(Bloomberg)
サンダース上院議員(Bloomberg)

 ケルトン氏は16年の民主党の大統領予備選挙に立候補したサンダース氏の選挙運動のアドバイザーに就任し、同議員の経済政策立案に関わった。さらに、現在行われている民主党大統領予備選挙に立候補しているサンダース氏の顧問を務め、同氏が打ち出している「国民皆保険制度」や「大学の授業料無料化」といった社会政策の論理的支柱になっている。

 MMTは、日本では消費税引き上げに反対する経済学者の力強い援軍として注目された面があるが、その議論の多くはMMTと政治の関係性や“社会政策”に関する視点が欠落している。

単純な財政赤字容認でない

MMTを解説した『マクロエコノミクス』(筆者提供)
MMTを解説した『マクロエコノミクス』(筆者提供)

 米国で今春、体系的な書物としては初となる、MMTに基づくマクロ経済学の教科書が発行された。ウイリアム・ミッチェル、L・ランダール・レイ、マーチン・ワッツの3人の経済学者の共著『マクロエコノミクス』である。同書の中で著者たちはMMTを「異端の経済学である」と書いている。

 著者たちは、現在、世界で支配的な経済理論を展開しているのは、「緊縮政策の狂信的集団(the cult of austerity)」だと批判する一方、財政赤字の積極的な面を強調している。

 リーマン・ショック後、各国の国債発行残高の上昇が顕著になるなか、国際通貨基金(IMF)や世界銀行のエコノミストたちは各国政府に財政均衡の必要性を説いてきた。だが、そうした正統派経済学は世界大不況からの脱出の処方箋を描けず、貧富の格差の拡大など深刻な社会問題に対しても無力を露呈した。

 正統派批判で始まる同書をベースに、MMTの基本的な考え方を、興味深い点に絞って説明する。

 まず、「政府は破綻しない」という主張は、“国債を外貨建てで発行していない状況”を前提条件とし、“通貨発行権を持つ政府は債務不履行に陥ることはない”という考え方に基づくこの理論は、アバ・ラーナー元カリフォルニア大学教授の主張する「ファンクショナル・ファイナンス(機能的財政)」理論を援用したものである。

 また、経済を「政府部門」と「非政府部門」の2部門に分けて分析する。これは基本的なマクロ経済理論の枠組みの「部門間バランス・アプローチ」である。非政府部門で貯蓄があれば、それに見合う額の政府部門の赤字が発生する。そうした状況で政府部門が赤字を回避すれば、雇用と生産は縮小するという、マクロ経済学で使われる“恒等式”を踏襲した考え方である。すなわち、所得(Y)、消費(C)、投資(I)、財政支出(G)、貿易(X)の間に成り立つ「Y=C+I+G+X」を基にしており、「政府の赤字(財政支出)」は、国債発行を通して「非政府部門の純資産(所得)の増加」をもたらす。

 その財政赤字については、政府の政策が雇用の拡大や貧富の格差の縮小にとって有効かどうかで判断されるべきだとしている。「政府が果たすべき重要な役割は、確実に経済が公共の目的を達成するようにすることだ」と主張する。このようにMMTは、単純な「財政赤字容認論」ではない。

 また、「政府は大きな家計とは違い、通貨を創出できるので、常に歳入を上回る歳出が可能である」とも主張する。政府の支出が所得を生み出し、それが消費に回り、雇用と生産を増やすからという理由だ。これは、金融理論で主張される「銀行は預金があるから貸し出しできるのではなく、貸し出しすることで預金を創出する」という発想と同じである。

 政府は未利用の資源を最大限活用できるように政策を行う必要がある。そのためには政府と中央銀行は協力しなければならず、中央銀行の中立性は意味がないと主張している。これは伝統的理論と決定的に異なるものである。MMTが「財政赤字は問題ではない」と主張するのは、“財政均衡は政策の目標にはならない”という主張の裏返しである。

次期政権を支えるか?

 ケルトン教授がサンダース議員に提案している政策は、「雇用保障政策」である。その一環として、最低賃金の引き上げ、学生ローンの免除、大学授業料の無料化、大規模なインフラ投資などがある。ケルトン教授はサンダース議員に対して「F・ルーズベルト大統領がニューディール政策で実現できなかったことを政策課題に掲げるべきだ」と進言している。

 従来の新自由主義や供給サイドの経済学は、思想は“小さな政府”や規制緩和、競争促進を主張してきた。だが、MMTでは逆に政府が積極的に財政を活用して社会政策を行うべきだと主張する。言い換えれば、「大きな政府」を主張しているのである。

 MMTを財政赤字の視点だけで議論すると、MMTの本質的な主張を見落とすことになる。

 今年の3月にシカゴ大学が主要大学の経済学者などを対象に行ったアンケート調査では、「財政赤字は問題ではない」というMMTの主張に対して、賛成はゼロ、反対は36%、強く反対は57%であった。正統派経済学の世界では賛同者はいないのが実情である。

 ただ、米国社会の左傾化が進み、若者層では社会主義を支持する者が増えている。特に民主党議員の中で支持者は着実に増えている。仮に大統領選でサンダース氏かエリザベス・ウォーレン上院議員が当選すれば、MMTは米政権を支える理論になる可能性もある。

(中岡望・東洋英和女学院大学客員教授)


MMTの生みの親は異色の米エコノミスト

モスラー氏(Bloomberg)
モスラー氏(Bloomberg)

 MMTが公に初めて認知されたのは、1993年に米エコノミストのウォーレン・モスラー氏が『ソフト・カレンシー・エコノミクス』を出版した時である。その主張のベースにあるのが、「通貨を発行する権限を持っている政府は、債務不履行に陥ることはない」という考えである。モスラー氏がMMTの創始者だ。

 モスラー氏は経済学博士号を持つが、アカデミズムの世界の人物ではない。ウォール街の金融機関に勤め、ヘッジファンドを設立し、さらに自動車のデザインなども手掛ける、異色の実業界の人物である。同氏はミズーリ大学カンザスシティー校に「完全雇用と物価安定センター」を設立。ケルトン教授も同センターで研究を行っていた。モスラー氏こそケルトン教授のメンター(指導者)だった。

(中岡望)

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