映画 ザ・ネゴシエーション=寺脇研
社会批判とサービス精神 いずれも欠かさぬ骨太韓国映画
ヒロインの職業は交渉人(ネゴシエーター)である。交渉人とは、人質救出作戦などにおいて犯人との交渉を担当する警察官や政府関係者をいう。あの人気ドラマ、映画「踊る大捜査線」にもユースケ・サンタマリア扮(ふん)する交渉人が登場し、スピンオフ作品として映画「交渉人真下正義」(2005年)が作られている。
この映画の交渉人を演じるのは、日本で最もヒットした韓国映画「私の頭の中の消しゴム」(04年)をはじめ「ラブストーリー」(02年)「四月の雪」(05年)での可憐(かれん)な女性役が印象深いソン・イェジンだ。ここでは一転、アメリカ仕込みの凄腕(すごうで)でタフなキャリアウーマンとして、人命の懸かった難しい交渉(ネゴシエーション)に臨む。
冒頭に、彼女が初めて挫折を感じた事案が描かれる。巧妙に犯人を説得しようとしていたにもかかわらず、上司である班長が強行突入を命じてしまって人質、犯人全員が死亡した。傷心のあまり辞表を出そうとする矢先、前代未聞の出来事が起きる。タイで韓国人記者らを拘束した犯人が、交渉相手に彼女を指名するのだ。犯人が人質を取った動機も目的も解放条件も皆目不明、しかも、交渉はインターネットを通した画像によって行わなければならない。緊迫のやりとりが始まった。
政府は、なぜかアメリカ軍の手まで借りて軍の特殊部隊をタイの犯人アジトに突入させようとしている。それまでに解決しなければ、再び人質が死ぬ惨事が起きそうだ。突入までのタイムリミットは14時間。謎の犯人との険しい交渉に、われわれ観客までその場に参加しているかのような緊迫感が流れる。
刻一刻と事態は進み、ヒロインの鋭い推理によって謎が徐々に解き明かされるにつれ、これが国家上層部と関係のある不祥事がらみだと匂ってくる。そう、これは単なる犯罪サスペンスではないのだった。国家権力の中枢に在る者たちの不正が出てくるあたり、社会問題から目をそらさない韓国映画の面目躍如というところだ。そして事態は二転三転、思いもよらない展開に息をのんでしまう。冒頭の事案さえ、この件と無関係ではなかったのだ。
インターネット画像での交渉をはじめ、さまざまな仕掛けにある裏が見えてきて、意表を突く種は尽きない。過剰とさえ思えるほどの工夫を凝らし、とことん観客を驚かそうとするサービス精神には感心してしまう。だから、韓国映画は面白い。
政府同士の関係が悪化している昨今だが、互いの国が作ったものを互いに楽しむおおらかさを忘れたくはないものだ。月並みだが、映画は国境を越える。
(寺脇研・京都造形芸術大学客員教授)
監督 イ・ジョンソク
出演 ヒョンビン、ソン・イェジン、キム・サンホ
2018年 韓国
シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか公開中