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舞台 水戸芸術館ACM劇場プロデュース 「最貧前線」『宮崎駿の雑想ノート』より=濱田元子

水戸芸術館ACM劇場プロデュース「最貧前線」『宮崎駿の雑想ノート』より ©︎Studio Ghibli
水戸芸術館ACM劇場プロデュース「最貧前線」『宮崎駿の雑想ノート』より ©︎Studio Ghibli

漁師と軍人の奮闘・交流 宮崎駿作品が国内初の舞台化

 太平洋戦争末期、軍艦を次々に失った日本海軍は漁船を徴用し、洋上で敵軍の見張りに当たらせた。

 あまり多くを語られてこなかった歴史秘話を基に、アニメーション監督の宮崎駿が『宮崎駿の雑想ノート』に描いた小品を舞台化したのが本作。小さな漁船に決死の覚悟で乗り込んだ軍人と、必ず生きて帰ってまた漁をすると決めた漁師たちの奮闘と交流が描かれる。

「平和が何よりだノオ……」と、原作の最後のコマで語られるように、宮崎の強いメッセージが作品を貫く。宮崎のオリジナル作品が国内で舞台化されるのは初めてというのも大きな話題だ。井上桂脚本、一色隆司演出。

 東北の小さな漁港を母港とする吉祥丸にも徴用の知らせが届いた。改造して特設監視艇となった船に乗り込んだのは、漁船の船長(内野聖陽)、漁労長(ベンガル)ら漁師たちと、海軍からの艇長(風間俊介)、通信長(溝端淳平)といった面々だ。

 木造のカツオマグロ漁船で、搭載しているのは原始的な焼き玉エンジン。最大8ノットという低速だ。軍人と漁師という異なる文化はことあるごとに対立するが、危難を乗り越えるなかで信頼感が生まれていく。

 しかし、戦況は次第に押し詰まり、吉祥丸も南方の最前線に派遣されることになる。

 脚本の井上は、水戸芸術館ACM劇場の芸術監督でもある。1990年に『月刊モデルグラフィックス』に掲載された原作を読んだ時から思いを温めてきた。わずか5ページ。証言資料や文献にあたり、断片的なエピソードを一つにより合わせた。

 嵐や敵機との交戦などスペクタクルなシーンも多い。エンターテインメント性も求める一方、実際の戦争について思いを巡らせた。頭にあったのは、演出家の栗山民也の言葉だった。

「芝居とは、舞台上でかつて人類が血を流して手に入れた教訓を、血を流さないで再現できる人類の記憶装置とよくおっしゃっている。なぜこれを書くのかと考えた時に、この言葉が支えになりました」

 戦争のいい悪いについては、誰も口にしない。評価は観客にゆだねている。

「この時代、それぞれの立場で一生懸命だった。それを目撃してもらえればいい。はたから見てどんなにおかしなことだったか、あぶり出されてくるはず。それで宮崎さんの『平和が何よりだノオ……』の最後の一言にたどりついてくれれば十分」と語る。

 徴用された漁船約400隻のうち、生還したのは約100隻しかなかったという。吉祥丸の物語は、いろんなことを問いかけてくるはずだ。

(濱田元子・毎日新聞論説室兼学芸部)

日時 9月12日(木)~15日(日)

会場 水戸芸術館ACM劇場(水戸市五軒町1-6-8)

料金 S席7500円、A席6000円、U25 2500円

問い合わせ 水戸芸術館チケット予約センター029-225-3555(午前9時半~午後6時、月曜休館)

※9月6~8日は穂の国とよはし芸術劇場PLAT、10月5~13日は東京・世田谷パブリックシアター、10月17~20日は兵庫県立芸術文化センターなど

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