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再選狙いのトランプの衝動で宙に浮くアフガン和平交渉=会川晴之

    イスラマバード郊外にあるアフガン難民キャンプの子供達。1979年のソ連侵攻後に逃げ出した難民は、3世代目に入った。=会川晴之撮影、2014年3月7日
    イスラマバード郊外にあるアフガン難民キャンプの子供達。1979年のソ連侵攻後に逃げ出した難民は、3世代目に入った。=会川晴之撮影、2014年3月7日

     米国とアフガニスタンの旧支配勢力タリバンとの和平交渉が大詰めの段階で暗礁に乗り上げた。トランプ米大統領は、タリバンとアフガン政府の双方を秘密裏にワシントンに招いて最終合意を目指す計画を温めていたが、9月7日夕になって突然、中止を宣言した。これにより、米史上最高の18年に及ぶアフガン戦争は、今後も継続される可能性が強まった。

     トランプ氏のツイッターや米メディアの報道などによると、米国は9月8日にワシントン郊外のキャンプデービッドでトップ会談を実施する予定で準備を進めてきた。だが5日に首都カブールでタリバンが米兵1人を含む12人を殺害するテロ事件が発生したことを受けて中止を決めた。トランプ氏は「(タリバンは)あと何十年戦うつもりなのか」と不満を表明した。

     米兵の死者は今年に入って16人目と過去5年間で最悪の数字を更新している。この事件だけを理由に中止に踏み切ったとの解説には無理があり、交渉をより優位に運ぼうとする米国側の思惑が働いた可能性もある。

    (出所)筆者作成
    (出所)筆者作成

     米国は2001年9月の米同時多発テロを受け翌10月にアフガンへ侵攻した。タリバン政権を倒すことには成功したものの、現在も戦闘やテロは収まらない。タリバンは国土の約半分を実効支配するまで復活、14年以後はイスラム国(IS)も活動を始めた。国連によると、18年の一般市民の死者は史上最悪の3804人に達する。

    「私の直感では撤退だ」。かねてからの撤退論者であるトランプ氏は、出口の見えない状況にいらだちを募らせる。再選を最優先課題に据えるなか、20年11月の大統領選までの撤退を模索、タリバンとの直接交渉を加速させた。

     アフガンのガニ大統領は、政権の後ろ盾である国が頭ごなしにタリバンと交渉することに反発した。だが、タリバンが「米国のかいらい政権とは交渉しない」と政権外しを強く望んだため、早期解決を目指すトランプ政権は異例の直接交渉を選んだ。

    正規軍は幽霊だらけ

    (出所)米国防総省などの資料を基に筆者作成
    (出所)米国防総省などの資料を基に筆者作成

     米国は撤退する代わり、即時の停戦や「アフガンをテロリストの聖域にせず、米国への出撃拠点にしない」よう迫った。米軍を追い出し「イスラム教の教義に基づく統治を進めたい」と考えるタリバンは、この要求に応える構えを見せた。だが、停戦時期については「米軍撤退後」の考えを示すなど対立した。米軍の撤退後を見据えて、より優位な態勢を築こうとしたことが背景にあると見られる。

     治安が一向に回復しないのは、15年からアフガンの治安維持を米軍から引き継いだ政府の治安部隊(軍と警察)の実力不足も原因のひとつだ。タリバンは最大8万人。これに対し政府軍の定員は35万人だ。

     だが、筆者が取材した米国のアフガン復興担当特別監察官(SIGAR)は「給与だけをもらう幽霊職員だらけ」と士気の悪さを指摘する。SIGARの最新の報告書によると、今年4~6月だけで4万2000人が離脱、要員数は15年以後で最低の水準に落ち込んでいる。米軍幹部は「米軍の支援がなければ治安維持は不可能」と米議会で証言を続ける。

     アフガンの状況に詳しい米戦争研究所は「1989年のソ連軍アフガン撤退当時よりも状況が悪い」と分析する。79年12月に電撃的にアフガンに侵攻した旧ソ連軍は89年2月に撤退した。撤退後も軍事顧問団派遣や財政支援を続けたが、91年末のソ連崩壊で万事休す。援助打ち切りでナジブラ政権の基盤は弱まった。政権は翌92年4月に崩壊、内戦に陥った。アフガン各地の軍閥は、今回の和平合意により米軍が撤退した場合も「同様のことが起きる」と見て私兵をかき集めている。

     米国撤退を「勝利」と見たテロ組織が活性化する懸念も強い。タリバンはアフガンのことだけに関心がある土着の集団だが、アルカイダやISなどアフガンに拠点を置く20を超す国際的テログループは、米国のみならず世界の脅威であり続ける。なかでもISが力を増している。

    「ジハーディスト(聖戦の兵士)は国境を越え自由に往来する。かつてアフガンに活動拠点を置いていた彼らは、今、シリアやイラクに移動した」

     14年2月、筆者がアフガンとの国境に近いパキスタンのペシャワールを訪ねた際に地元ジャーナリストから聞いた解説だ。国連によると、今はその動きが逆転、シリアなどから追われた実戦経験豊富なIS要員が再びアフガンに舞い戻りつつある。

    イスラマバード郊外にあるアフガン難民キャンプの子供達=会川晴之撮影、2014年3月7日
    イスラマバード郊外にあるアフガン難民キャンプの子供達=会川晴之撮影、2014年3月7日

    撤退を望む米世論

     ISは、米軍の掃討で一時は1000人以下に減少したが、現在は3000~5000人規模にまで回復。8月中旬には、首都カブールで結婚式を狙い63人が死亡するテロを敢行するなど勢力回復を誇示する動きを続ける。ポンペオ米国務長官は8月、米メディアのインタビューに「3~4年前より勢力を増してきている」と語るなどISの復活を認めている。米専門家の中には「90年代に急成長したタリバンとISの姿が重なる」(米戦争研究所)と、ISが今後、勢力を急速に伸ばす可能性を指摘する声もある。

     こうした情勢のなか、米国では議会や軍部を中心に撤退は「時期尚早」とする声が根強い。共和党有力者のグラム上院議員は「ISの勢力拡大やアルカイダが復活する懸念がある」と撤退に反対。近く米軍制服組トップの統合参謀本部議長に就任予定のミリー米陸軍参謀総長は「機が熟さない段階での撤退は戦略的な失敗を招く」と米議会で証言している。

     ただ、米国の世論調査ではアフガンでの戦争を「価値がなかった」と答える市民が6割近くにのぼる現実もある。トランプ氏は昨年5月、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との初会談を前に、会談を「中止する」と表明して揺さぶった経緯もある。武力闘争では米国を追い出せないと見るタリバン側は交渉継続を目指しており、水面下で両者の激しい駆け引きが続きそうだ。

    (会川晴之・毎日新聞前北米総局長)

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