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米露がINF全廃条約を破棄 短中距離ミサイルの“価値”急上昇=丸山浩行

米露の思惑はすれ違う Bloomberg
米露の思惑はすれ違う Bloomberg

 中距離核戦力(INF)全廃条約が8月2日に失効した。トランプ米大統領が2月1日、1987年以来32年間にわたり米露両国に中距離ミサイルの製造・保有を禁止してきた同条約脱退をロシアに一方的に通告。プーチン大統領も即日、同条約の義務履行の停止を宣言し、規定により6カ月後に条約は効力を失った。

 翌日の8月3日には、エスパー米新国防長官が、中距離ミサイルの開発本格化やアジア(グアム、フィリピン、韓国、日本)配備に言及した。

 冷戦時代の米国やソ連にとって、最大の戦略的な資産価値があったのは、長い射程を持ち、相手の本土を攻撃可能な、(1)大陸間弾道ミサイル(ICBM)、(2)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、(3)戦略爆撃機という強力な核兵器群だった。それと比べると、中距離弾道ミサイルの資産価値は「あればよし、なくても困らない」の程度でしかなかった。

 ところが、この資産価値の順位に激変が生じた。91年にソ連が崩壊し、冷戦は終結。1万キロの射程を持つICBMなどの資産価値は下がり、事実上、無用の長物と化した。

米国の誤算

 その逆に、資産価値が一挙に上がったのが、短中距離ミサイルだ。ロシアの最大の脅威は、米本土の長距離ミサイルなどではなく、NATO(北大西洋条約機構)の急速な東方拡大になった。99年のポーランド、チェコ、ハンガリー3カ国のNATO加盟に始まった旧ソ連圏の国々の“大脱走”は、その後も続き、現在、ロシアの勢力圏はわずかにベラルーシ、ウクライナ、モルドバを残すだけとなってしまった。

 ロシアの逆襲はそこから始まった。2014年、ウクライナの親露のヤヌコビッチ大統領がキエフ市民を武力弾圧したが敗れてロシアに逃亡。これを口実にしてロシアのプーチン大統領は、ロシア系住民保護を名目にロシア軍をウクライナ東部に送り込み、クリミア半島をロシア領に編入した。

 その際、NATOの武力介入を威嚇、阻止する切り札として、プーチン大統領が使ったのが、リトアニアとポーランドに挟まれたロシアの飛び地領土カリーニングラードに配備した射程500~600キロのイスカンデルM短中距離ミサイルである。

 米露における長距離ミサイルの資産価値低下や短中距離ミサイルの資産価値急上昇は、短中距離ミサイルに重点投資をしてきた中国、北朝鮮、イランの戦略的地位を高める副作用があった。後発核保有国として米露に匹敵する強大な長距離ミサイルを保有せず、INF全廃条約とも無縁だった弱点が逆に優越点に変わった。

 中国は、「空母キラー」といわれる射程2150キロの東風21対艦弾道ミサイルや、「グアムキラー」と呼ばれる射程4000キロの東風26ミサイルに莫大(ばくだい)な投資をしてきた。その投資が実り、中国は、人工島軍事基地を建設。南シナ海や東シナ海に接近する米空母をはじめ、グアム、沖縄、日本本土の米軍基地をすべて、その神出鬼没の移動式ミサイルの攻撃ターゲットにできる有利なポジションを確立したのだ。

 北朝鮮は、韓国、グアムを短中距離ミサイルの空白地域とした米国の誤算を巧みに利用してきた。今年7~9月には、米韓合同軍事演習を口実に、8回の新型ミサイルの発射実験を行った。その多くはロシアのイスカンデルMの北朝鮮版だった。このミサイルは、40~50キロの低高度を、下降、再上昇、ジグザグ飛行などの変則軌道でターゲットに向かうため、より高い飛行高度でターゲットを迎撃する韓国配備の米THAAD(サード)(終末高高度防衛)ミサイルや日本周辺の日米イージスミサイル防衛システムでは、迎撃が著しく困難だといわれている。

 米国にとって旧ソ連1国だけが脅威だった時代は終わり、いまやインド太平洋、中東、欧州の3地域で、最新型の短中距離ミサイルを多数保有する中国、北朝鮮、ロシア、イランによる複数の「スモール核戦争」の脅威に直面している。

 この新脅威には、(1)米軍でも対応困難な5~10分の短時間内にミサイルが標的に到達する、(2)米軍のサイバー空間(コンピューターネットワーク)に侵入し、軍事技術や作戦情報を盗み取り、場合によっては停止させたり、誤作動させる、(3)空・海・陸からの脅威に加え、サイバー、宇宙、電磁波攻撃を加えた「領域横断作戦(クロス・ドメイン・オペレーション)」の脅威、という3点の特質がある。

 米国はこの三つにすべて対応しなければならない。まず、5~10分間で飛来する短中距離ミサイル対処は至難だ。30分かけて米本土に到達する旧ソ連の長距離ミサイルなら、大統領、国防長官、統合参謀本部議長、戦略軍司令官らが協議し、最適な反撃を選択する「人的対処」が可能だった。

「スモール核作戦」にシフト

 だが、わずか5~10分ではその余裕がない。米国は、インド太平洋軍、中央軍(中東)、欧州軍など前線部隊司令官に、それぞれの地域における「分散型のスモール核作戦プラン」の実施権限を委ね、ミサイルの攻撃開始情報をつかんだら、ただちに事前に決められた攻撃案にしたがって「自動対処」するしかすべがない。

 中国、北朝鮮、ロシアなどのサイバー攻撃能力も大きな脅威だ。米軍の新しい「スモール核作戦プラン」は、最新のICT(情報通信技術)を導入したコンピューターネットワークの上に構築されている。しかし、サイバー攻撃で内部に侵入され、情報が盗まれたり、作動停止や誤作動に追いこまれたら、「スモール核作戦プラン」は破綻する。だから、中国のIT企業、ファーウェイを排除するなどして、サイバー空間への侵入防止やダメージからの回復能力を高めることに懸命だが、5G(第5世代通信方式)のような民生通信技術の驚異的な進歩に追いつかないのが現状である。

 3番目の「領域横断」的な脅威に対抗するには、米国自身が領域横断的な作戦を推進するしかない。京都府京丹後市と青森県つがる市には、短中距離ミサイルの小型弾頭の探知・追尾能力が高い「Xバンドレーダー」を配備した。宇宙では、低軌道で短中距離ミサイルの探知に優れた次世代型の早期警戒衛星の開発を進める。サイバー攻撃については、防御的な作戦から、相手国のサイバー空間に侵入し、それをまひ、かく乱する積極的・攻撃的なサイバー作戦に転換している。

 米国の統合参謀本部が6月に公表した作戦指針「核作戦(ニュークリア・オペレーションズ)」は、従来の長距離射程の戦略核によるいわばラージ核作戦と、新時代のスモール核作戦とを明確に区別している。米軍は明らかにスモール核作戦にシフトしているが、ICT技術における中国の躍進などにより、その前途は見通しにくくなっている。

(丸山浩行・国際問題評論家)

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