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スペインの“せんべろ”バル街に観光客殺到!サンセバスチャンで見た日本の地方創生のカギ=柳沼倫彦

    「ボルダ・ベッリ」の牛肉の煮込みとリゾット風のチーズパスタ(筆者撮影)
    「ボルダ・ベッリ」の牛肉の煮込みとリゾット風のチーズパスタ(筆者撮影)

     フランスの国境から約20キロメートル、スペイン北東部バスク自治州にある人口約18万人の街サンセバスチャン市(バスク語の地名はドノスティア)は「世界一の美食の街」と呼ばれ、世界中から大きな注目を集めている。

     世界一と呼ばれる最大の理由は、フランスの「ミシュランガイド」の星の数にある。サンセバスチャン観光局によるとスペインには最高級の三つ星と評価されたレストランが11店あり、このうちの3店が面積約60平方キロメートルのサンセバスチャン市にある。市内にはさらに二つ星も1店、一つ星も複数あることから、人口当たりの星の数が世界で最も多い都市の一つになっているのだ。 

     しかし、同市の食の魅力は星付きの高級店だけではない。市内には小皿料理「タパス」をリーズナブルな価格で楽しめる立ち飲みの飲食店「バル」が数多く軒を連ねており、地元客に交じって、はしご酒をして楽しむ観光客でにぎわっている。筆者は8月に現地を訪ね、2日で7軒のバルを堪能した。

    (出所)編集部作成
    (出所)編集部作成

    小皿料理は300円台

     バルが密集するエリアは中心部にあるアマラ駅から15分ほど歩いた旧市街地にある。

     午後8時、そのなかの一店「カーサ・ウロラ(Casa Urola)」に向かうと、店の外まで人があふれ、活気に満ちていた。店内に入り、カウンターの一角になんとかスペースを確保。忙しく動き回る店員にビールを注文したあと、黒板に書かれた季節料理の中から料理を一品頼んだ。

     数分で出てきたのは、インゲンのような野菜を麺状に細く切ってベーコンで味付けし、泡状の白いソースを乗せたアイデア料理。食べると、まるでパスタだ。次に店員が「ホタテ」と日本語で勧めてきたので注文してみると、白いクリームスープに軽くソテーした大ぶりのホタテが入った上品な一品が出てきた。いずれも立ったまま気軽に楽しむというより、座って味わう高級なレストランの料理のように感じた。ところが──、価格はパスタが3・9ユーロ(約470円)、ホタテが4ユーロ(約480円)、ビールは2・5ユーロ(約300円)と安い。

    サンセバスチャンの人気バルには店外にも客があふれる(筆者撮影)
    サンセバスチャンの人気バルには店外にも客があふれる(筆者撮影)

     2軒目の「ボルダ・ベッリ(Borda Berri)」は、訪れた店の中で最も混み具合が激しかった。しかし、女性店員は来店客の順番を把握。淡々とした様子で来店順に注文をとっていくから客から不満は出ない。実に手慣れたさばき。大混雑が日常なのだろう。

     多くの客が注文していたリゾット風の一皿は、コクのあるチーズが絡んだコメ粒形のパスタ。牛肉煮込みは繊維状にほぐれる柔らかさで、添えられたマスタードと合う。価格はパスタが3・3ユーロ、煮込みが3・8ユーロとこちらも安い。そのリーズナブルさは1000円程度で酔える日本の「せんべろ(1000円でべろべろに酔える)」居酒屋さながらだ。

     多くのバルでは、カウンター上に1品料理「ピンチョス」が並んでいて、客はその中から自由に選べる。3軒目に入った「シリミリ(Sirimiri)」では、スライスしたバゲットにシナモン風味のレバーが乗った料理と、ワイン色に煮込んだ肉に緑色のソースがかかった2品が印象的だった。

     4軒目の「カーサ・ベルガラ(Casa Vergara)」では、タラのフライと青唐辛子を串に刺した立体的なピンチョスと、ウニ殻に入ったグラタンを選んだ。どの店のピンチョスも色が鮮やかでおいしく、質の高さに舌を巻いた。

     多くの客はピンチョスと一緒に、バスク地方で親しまれている微発泡ワイン「チャコリ」を楽しんでいる。注文すると店員はボトルを持ち上げて高い位置からワインを空気に触れさせながらグラスに注いでくれる。アルコール度数が低く、はしご酒にはいい。

    「カーサ・ベルガラ」のウニ殻に入ったグラタン(筆者撮影)
    「カーサ・ベルガラ」のウニ殻に入ったグラタン(筆者撮影)

    旅客が1・5倍に

     こうした魅力に引かれ、近年、世界中から観光客がサンセバスチャン市に殺到している。

     バスク自治州統計局eustatがインターネットで公開している統計資料によると、市内にあるホテルの利用者数は2018年は69万2642人で、前年度から8・1%も増えた。11年の利用者数は約47万人なので、この7年で約1・5倍に増加している。

     サンセバスチャン市に行くには大都市のマドリードやバルセロナから飛行機で1時間ほどかかる。電車を使うと、どちらから行っても5時間半ほどかかる。東京駅から新幹線で博多駅までが約5時間だから、けっして訪れやすい都市とは言えない。にもかかわらず、これほど急増しているのだから、驚くべき数字と言えるだろう。

     観光産業の活況により、経済も大きく成長している。サンセバスチャン市の16年の1人当たりGDP(国内総生産)は3万9337ユーロ(約465万円)。16年の数値はバスク自治州全体の数値より約2割多いことから、近隣の都市と比べても、その好調ぶりは際立っている。この1人当たりGDPは1996年には1万8072ユーロ(約217万円)だったことから、約20年で実に2・2倍に増えたことになる。

     サンセバスチャン市は19世紀末から避暑地としてにぎわうようになり、20世紀半ばまで栄えた。だが、その後は戦争などの影響もあって活気は失われた。現在のように多くの観光客が訪れるようになったのは、比較的最近のこととされる。

     ではなぜ、食を生かして活性化できたのか。

    バルが密集するサンセバスチャン旧市街(筆者撮影)
    バルが密集するサンセバスチャン旧市街(筆者撮影)

     同市はビスケー湾に面しており、魚介類などの食材が豊富であったこと、男性が集まって料理を作って楽しむ「美食倶楽部(クラブ)」の文化があったことなどが背景にあるが、最大の理由は同市に「料理を学ぶ場」が備わったことと言えそうだ。

    『人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか─スペイン サン・セバスチャンの奇跡』(高城剛著)によると、大きな役割を果たしたのは有名レストランなどで料理人として活躍してきたルイス・イリサール氏だ。同氏は92年に市内に料理学校を開校。従来は“目で盗むもの”だった料理の技の習得に皆で教え合う考え方を導入。地域における料理の質の向上に貢献したという。

     

    そうしたなか、同市には民間企業などによって99年に料理学会が創設された。世界中から料理人が集い、新しい料理手法を発表し合う学会が毎年のように開かれるようになり、学ぶ場がいっそう拡充された。

     さらに11年には自治体や民間企業によって食に関する高等教育や研究等を手掛ける「バスククリナリーセンター」が市内に設置された。施設内には欧州で2番目となる食の専門大学が開設された。

     食を学ぶ場が充実するにつれ、料理のレベルが高まり、市は06年に100%出資の観光会社を設立して食などを生かした観光振興に注力。サンセバスチャン市は「食の都」と呼ばれるまでになった。

    バルのカウンターにはインスタ映えするピンチョスが並ぶ(筆者撮影)
    バルのカウンターにはインスタ映えするピンチョスが並ぶ(筆者撮影)

    日本のバスク化計画

     地域の活性化が多くの自治体の課題となるなかで、サンセバスチャン市に倣い、食を通じた活性化に取り組む自治体もある。

     千葉県南東部のいすみ市は地方創生の一環として「美食の街いすみ~サンセバスチャン化計画」を進めている。全国で水揚げがトップクラスの伊勢エビ、地元で栽培されるいすみ米や岬梨などを生かし、「美食観光都市」を目指す取り組みだ。

     同市の美食の街いすみ~サンセバスチャン化計画は16年8月から国に地域再生計画に認定され、交付金を活用した活性化に取り組んでいる。

     今年5月の成果報告によると、市産品の新規取引店舗数が22店舗(目標10店)、市内でのレストランなどの新規開業数は1、観光入込客数は14万人(目標10万人)となっており、一定の成果を上げているようだ。

    千葉県いすみ市の大原漁港で毎週日曜に開かれる朝市(筆者撮影)
    千葉県いすみ市の大原漁港で毎週日曜に開かれる朝市(筆者撮影)

     毎週日曜には市内の大原漁港で朝市が行われている。9月中旬に訪ねてみると、市場で生きた伊勢エビを買い、無料で利用できる焼き台を使って豪快に調理する客でにぎわっていた。

     九州では隣接する宮崎県延岡市と大分県佐伯市が16年度から「東九州バスク化構想」に取り組んでいる。サンセバスチャン市のあるバスク地方をヒントに食、連携をキーワードにして新たな経済・ 文化圏作りを目指す。

     三重県も今年11月にサンセバスチャンの料理人と三重県の料理人、料理人をめざす若者らが交流するイベントを行う。料理人がレシピを公開し、調理法を共有する取り組みや、食べ歩き文化、美食倶楽部の伝統などを学ぶという。

     日本の自治体も注目するサンセバスチャン市だが、実は観光客の増加がさまざまな課題を生む「オーバーツーリズム」も起きている。報道によると、混雑だけでなく住宅価格の上昇、食材の価格上昇などが市民を悩ませている。

     市は課題解決に向け、17年から5年間の観光マスタープランを策定。居住者の生活の質を維持しつつ、観光客にとっても魅力的な都市を目指す方針を打ち出した。

     さらに、このビジョンをベースとして、持続可能な観光を推し進める「ラブ・サンセバスチャン、リブ・ドノスティア」プロジェクトを策定して世間に広くアピール。このプロジェクトは今年9月に国連世界観光機関の「公共政策のイノベーションと持続可能性部門賞」を受賞した。

     オーバーツーリズムさえ、新たな発展のきっかけ作りにするしたたかさ。日本の自治体が食の魅力以外にも、サンセバスチャン市から学べる点は少なくなさそうだ。

    (柳沼倫彦・ジャーナリスト)

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