週刊エコノミスト Online食肉大争奪

豚肉が不足する中国の爆買い 世界の食肉市場を翻弄=三石誠司

(Bloomberg)
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 世界中で食肉価格が上昇している。FAO(国連食糧農業機関)の世界食肉価格指数(2002年から04年の平均が100)は18年10月の166・3から、今年10月には182・7に到達した。1年で16ポイント(10%)も上昇したことになる。 特集:食肉大争奪

 食肉価格高騰の背景は、経済成長による生活水準の向上もあるが、今回はアフリカ豚コレラの影響による国内需給の逼迫(ひっぱく)が大きい。

(出所)編集部作成
(出所)編集部作成

 ウイルス性家畜伝染病であるアフリカ豚コレラは人には感染しないが、感染豚の突然死、高熱と出血性病変が特徴だ。日本で発生している豚コレラと異なり、有効なワクチンはなく、感染経路はダニ、感染豚の非加熱製品を残渣(ざんさ)とする餌、感染した野生動物の侵入・排せつ物など多岐にわたる。農林水産省によれば、05年以降に発生した地域は、欧州19カ国、アフリカ29カ国、アジア11カ国にのぼる。中でも最大の懸念が中国での感染爆発だ。

 中国では18年8月3日に1例目が確認されて以降、急速に感染が拡大。その結果、世界最大の豚肉生産・消費国である中国の動向は、世界の食肉貿易にも影響を与えている。米中貿易戦争が注目を浴びる背後で豚肉をめぐる環境が大きく変化しつつある。

世界の豚の半分は中国

(注)2019、20年は予想 (出所)米農務省より筆者作成
(注)2019、20年は予想 (出所)米農務省より筆者作成

 人間はさまざまな肉を食べるが、現代社会では牛・豚・鶏が中心である。これら3種の食肉の年間生産量合計は約2億7000万トン(19年、米農務省資料、以下数字は同)。その内訳は豚肉が39・7%、鶏肉が37・3%、牛肉が23・0%。この順番は長年不動だったが、ついに2020年、鶏肉が豚肉を上回りそうだ(図3)。

 健康志向による豚肉や鶏肉など白肉人気(赤肉は牛肉・羊肉)もあるが、これに拍車をかけたのがアフリカ豚コレラによる豚肉生産の大幅減少である。

 とくに世界の豚肉生産量の約半分(17年で48・6%)を占める中国の影響が大きい。

(注)2019、20年は予想 (出所)米農務省
(注)2019、20年は予想 (出所)米農務省

 中国の豚肉生産量は18年に5404万トン、全食肉生産の74・9%を占めていたが、これが20年には同3475万トンと、1929万トンも減少する見込みである(図2)。中国の豚の飼養頭数は16年時点で、4億5112万頭と世界の養豚の半分弱を占めていた。しかし、米農務省は20年に2億7500万頭まで激減すると予測している。

 この減少にどう対応するか。中国の牛肉需要は年600万トン強とあまり動いていない。鶏肉の生産は18年から20年にかけて年410万トン増加する見込みだが、豚肉の減少分(1929万トン)を補うには圧倒的に不足している。

 残された唯一の手段は、国際市場からの豚肉輸入である。既に中国が本格的に市場参入したことで国際食肉貿易は大きな影響を生じつつある。

豚肉輸入の上位に日中

 だが、豚肉の国際貿易数量は年間1000万トンに過ぎない。輸入の上位3カ国は、中国、日本、メキシコだ。なかでも国内生産を重視する中国は、大豆など油糧種子以外の農産物輸入は可能な限り避けてきた。豚肉も例外ではなく、国内の生産動向で多少の変動はあるが、厳格な国の管理の上、おおむね中国の豚肉輸入は年150万トン前後で推移してきた。

 ところが、18年のアフリカ豚コレラ・ショック発生以来、中国の豚肉輸入は急増し、今年10月時点の米農務省の見通しでは19年に260万トン、20年は350万トンと史上最高水準に達する見込みである。

 これが国際市場にいかに大きな影響を与えるか。日本の豚肉生産・輸入量と比較してみよう。

 日本の生産量は18年で128万トン、輸入量は135万トン(食料需給表ベース)。一方でアフリカ豚コレラ・ショック発生以前の中国の国内豚肉需要は約5600万トンで、このうち輸入は約150万トンに過ぎず、97%が国産であった。これが20年の生産量見通しが3475万トンとなると、前述した通り約2000万トンが不足する。日本の豚肉輸入量の約15年分である。

 牛肉需要がそれほど増えない中では、仮に鶏肉生産量が年200万トンペースで増えたとしても、国内の豚肉生産が完全に回復しない限り、5年後でもまだ1000万トン不足する。アフリカ豚コレラの猛威が長引けば、それ以上の不足となる。言い換えれば、この数量プラスアルファが今後の中国の豚肉潜在輸入量になる。

 周知のように現在、中国は米国との貿易戦争の真っただ中にある。農産物では、米国産大豆の輸入についてブラジルなど他産地からの輸入で対応していたが、アフリカ豚コレラの発生により、国内飼料需要が減少しただけでなく、大量の豚肉輸入が火急の課題となってきた。そのため、自国産品の大量購入「確約」を迫る米国に対し、市場の需給に応じた自由裁量を主張する中国という形で奇妙な構図が出現している。資本主義の米国が政府介入を、共産主義の中国が自由貿易を主張しているというわけだ。

 こうした状況が、世界の豚肉貿易にどう影響するか。

(注)2020年は予想 (出所)米農務省資料より筆者作成
(注)2020年は予想 (出所)米農務省資料より筆者作成

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 豚肉の輸出入に関わる主要な国は、実はそれほど多くない。世界の豚肉輸出1000万トン(米農務省の20年見通し)のうち、EU(欧州連合)390万トン、米国331万トン、カナダ130万トン、ブラジル105万トンで、この4カ国で956万トンと見込まれている。

 これに対し豚肉輸入国は、中国350万トン、日本151万トン、メキシコ128万トン、韓国70万トンと上位4カ国で700万トンを占める。

 つまり、増加した豚肉需要を中国が輸入で満たす場合、EU、米国、カナダ、ブラジルで確保するのが最も効率が良い。現実的にはこれら各国からの買い付け状況を踏まえつつ、メキシコやチリ、ロシア、豪州など小規模輸出国からの輸入や、牛肉、羊肉など、豚肉と代替可能な他の肉を可能な限り買い付け、少しでも不足分を手当てするしかない。

 中長期的には人工肉(植物由来肉や培養肉)など科学技術を活用して他国からの輸入依存を少しでも軽減する形へシフトする結果、人工肉への関心や研究開発、投資が急増する──という流れが見え始めている。

 世界における豚肉の総輸出量1000万トンという市場で、突如として2000万トン以上の追加潜在需要を持つ中国が国際市場で動き始めたという現実は非常に重い。年5000万トン以上の豚肉需要を持つ中国から見れば、日本の輸入数量はわずか3%に過ぎない。中国の爆食の前には、日本産豚肉が輸出にまわるのか、という懸念よりも全ての豚肉がのみ込まれる可能性の方が現実味を帯びる。

根こそぎさらう中国

「国民食」が供給不足に(Bloomberg)
「国民食」が供給不足に(Bloomberg)

 需給が逼迫(ひっぱく)して価格が高騰すれば需要減少(レイショニング)が起きる。米農務省は18年から20年にかけて中国の豚肉需要が5540万トンから3815万トン、つまり1725万トンの需要減少が起こると見込んでいる。だが、それが現実化してマーケットが落ち着くまでは、豚肉とその代替品をめぐる熾烈(しれつ)な競争が継続する可能性が高い。とくに良質の豚肉を生産している国や、小規模な輸出を継続していた国は輸出対象分を根こそぎさらわれる可能性がある。

 既に必要量の豚肉の半数を輸入に依存する形でグローバル化した日本も、いまのところは豚肉価格が比較的落ち着いているが、今後はこうした状況に少なからぬ影響を受けることは間違いないだろう。

 こうした状況のなか、世界の食肉最大手のJBSや米国の豚肉生産大手のタイソンフーズ社は、米国では一般的だったが、これまで中国で禁止されていた豚のホルモン剤使用をやめることを公表している。これは中国市場への本格的輸出整備が整ったということに他ならない。

(三石誠司・宮城大学教授)

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