ベルリンの壁崩壊から30年で「新たな壁」=熊谷徹
ベルリンの壁崩壊から30年目にあたる11月9日に、欧米の論壇では無血革命を成功させた東独市民をたたえながらも、いまだに東西市民のアイデンティティーの統一が達成されていない現状を強調する論調が目立った。
ドイツの公共放送ARDは、11月9日付のウェブサイトで、シュタインマイヤー大統領の「多くの人命を奪った壁は消え去った。壁は自然に倒れたのではなく、東ドイツの勇敢な市民たちが崩した。彼らは歴史に重要な1ページを記した」という言葉を引用した。
フランス日刊紙『フィガロ』は11月9日付の紙面で、壁崩壊を「自由の勝利」と呼び、市民が暴力を使うことなく鉄のカーテンに穴を開けたことを高く評価した。同紙は「『歴史の終わり』を書いたフランシス・フクヤマのように自由主義の勝利を誇張する論客もいたが、30年後の今、脅威は増えた。世界は多極化し不安定化した。歴史が終わっておらず、悲劇に転じる可能性があることを常に意識すべきだ」と論じた。
実際、ドイツでは祝賀気分は希薄だ。ドイツ日刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)』は11月11日付の紙面でシュタインマイヤー大統領の「我々は新たな壁を築いてしまった。怒り、憎悪、疎外の壁は目に見えないが、我が国を分断している。我々はこの壁を崩さなくてはならない」という警告を引用した。シュタインマイヤー氏は10月に旧東独ハレで起きた、ネオナチによるユダヤ教の礼拝施設に対する襲撃未遂事件に触れ、「人々を差別、攻撃したり、民主主義を軽蔑したりする試みを許してはならない」と訴えた。
反ユダヤ主義が再燃
FAZはさらに「メルケル首相はこの日行った演説で、壁崩壊の喜びや意義だけではなく、1938年11月9日にナチスがユダヤ人らを襲撃し、礼拝施設を破壊した『帝国水晶の夜』事件も忘れてはならないと戒めた」と報じ、政府関係者らがこの国での反ユダヤ主義の再燃について、警戒感を強めていることを示唆した。
米紙『ニューヨーク・タイムズ』は11月9日付の紙面で、黒人の血を引くドイツ人や、ユダヤ系市民が今も一部の市民から「純粋なドイツ人」と見られず疎外感を抱いているというエピソードを紹介。同紙によるとドイツの右翼は、ドイツに帰化した「パスポート・ドイツ人」と白人の「バイオ・ドイツ人」を区別し、前者を純粋なドイツ人と認めない。同紙は特に旧東独で排外主義が強まっていると指摘し、アイデンティティーの統一への道は遠いと指摘した。
メルケル首相は11月9日付のドイツの日刊紙『南ドイツ新聞』とのインタビューで「以前、東西間の違いがもっと早く消滅すると考えていた。しかし今では、統一が完遂されるまでには50年もしくはそれ以上かかると考えている」と語り、心の壁が消えるにはより長い時間が必要だという見方を打ち出した。メルケル氏は「社会主義国家とは異なり、自由主義社会では多くの関係者の事情に配慮しなくてはならないので、決定までに時間がかかることを理解してほしい」と旧東ドイツ市民に呼びかけた。
さらに首相は「壁崩壊から30年目という区切りをきっかけに、ナショナリズムやポピュリズムの高まり、そして東西ドイツ間の格差について徹底的に議論する必要がある」と指摘した。
(熊谷徹・在独ジャーナリスト)