『贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学』 著者・岩野卓司さん
◆著者 岩野卓司さん(明治大学教授)
社会や人間関係の根底には経済より前に「贈与」がある
モノとモノを交換して社会を作ってきた人間が、ある段階で貨幣を生み出し、資本主義が形成される。資本主義は世界規模で支配的になったが、近年はほころびが出始めている。そんな中、いま文化人類学などで注目されているのが「贈与」、つまり、見返りを求めず「ただ与える」という思想だ。
「マルセル・モースの『贈与論』が出て、フランスの思想家たちに大きな影響を与えました。そして後の哲学者のバタイユやデリダらが、見返りのない一方向の贈与として哲学的に深めていこうとしました。今回の本では、それぞれの思想家の思考をたどって紹介しています」
本書はバレンタインデーや誕生日プレゼントなど身近な贈与の例を挙げ、平易に語りかけてくれる。
「私はかねてから贈与に関心があり、哲学中心にやってきました。しかし、今生きているこの時代の課題と結びつけないともったいないと思うようになったんです。そこで、より多くの読者と一緒に考えたいと思い、身近な事例をまじえて読みやすくしたつもりです」
例えば臓器移植。ベーシック・インカム。自然エネルギー。いずれも今日的贈与としてそこにある。臓器移植では売買は固く禁じられ、ドナーの匿名性は徹底して守られる。それはあたかも、天から与えられた恵みのようだ。
「私たちの社会は、企業が利潤を上げないとやっていけません。それに資本主義は、金のある者が強者ですから、身分制度を崩した側面があるんですね。だいたい資本主義と民主主義は同時に発展していきます。しかし行き過ぎると、すべては金で解決され、人間関係が消えてしまう。そんな時代でも、誕生日プレゼントやお歳暮がまだ残っているのはそこに人間関係があるからです。それら日常の延長に、資本主義とはまた違う社会のあり方として、臓器移植のような贈与が出てきたわけです」
贈与は、人間にとって、もしかしたら本能にも近い根源行為ではないかと岩野さんは考える。
「グレーバーという人類学者が挙げている例ですが、職場で『そのスパナ、取ってくれ』と言われたら、さっと取って渡しますよね。『代わりに何してくれる?』とはまず言わない。つまり企業だってコミューン(共同体)なわけです。災害が起きた時、目の前に腰を抜かした人がいたら、自分に身の危険がなければ助けますよね。こうしたことは何も特殊状況下ばかりでなく、人間と社会の根源にあることだと思うんです。私は、資本主義を完全にやめるなんてできないし、そうするべきとも思いませんが、こうした贈与の思考をもっと取り入れていけば、格差や無縁社会とは違う世界ができるのではないかと考えています」
(聞き手=北條一浩・編集部)
■人物略歴
いわの・たくじ
パリ第4大学哲学科博士課程修了。現在、明治大学大学院教養デザイン研究科長・教授。専門は思想史。著書に『贈与の哲学 ジャン=リュック・マリオンの思想』などがある。
「読書日記」は月に1度、著者インタビューになります。