脱炭素と原発 官邸がゆがめるエネルギー政策 問題を先送り=橘川武郎
原子力にとっての最大のリスクは、「政治リスク」、厳密に言えば「首相官邸リスク」である。
2018年に閣議決定された第5次エネルギー基本計画は、30年の電源構成を原子力20~22%、再生可能エネルギー22~24%、火力56%とするとともに、50年時点でも原子力に「実用段階にある脱炭素化の選択肢」として高い位置づけを与えた。
一方で、安倍内閣は、それまでと同様に第5次計画の策定過程においても原発のリプレース(建て替え)に関する議論を回避し、問題を先送りした。
このことは、明らかな矛盾である。というのは、リプレースに正面から取り組まない限り、30年に20~22%の原発比率を確保することはできないし、50年に原子力を「脱炭素の選択肢」として維持することも不可能だからである。
ここでリプレースを強調するのは、原発をどんどん推進せよという意味ではまったくない。脱炭素の選択肢として原発を多少なりとも使い続けるのであれば、危険性の最小化が絶対的な前提条件となるから、より危険性が高い古い原子炉を積極的に廃止し、より危険性が低い新しい炉に置き換えるべきだと考えるからである。
リプレースは、「原発依存度を可能な限り低減する」という国民世論の期待や安倍内閣の公約と矛盾しない。リプレースを行うにしても、30年の原発依存度は最大限15%程度にまで押し下げるべきである。可能な限り低い依存度の枠内で原発リプレースを進めることが、将来において原発を使用する際の唯一の責任ある道だと言える。
選挙がこわい
では、なぜ、安倍内閣はリプレースを回避するのか。選挙がこわいからである。すでに「安倍1強時代」が7年以上も続いているのだから、そんなはずはないという反論があるかもしれない。しかし、ここで忘れてならないのは、安倍首相が獲得をめざすのは、通常のケースのように国会の議席の過半数ではなく、3分の2以上である点だ。憲法改正をめざす首相からすれば、原子力のような微妙な問題に深入りすることは得策ではない。
したがって、安倍政権が続く限り、リプレースが正面から取り上げられることはない。リプレースが取り上げられない限り、原子力の未来は開かれない。原子力にとっての最大のリスクは「官邸リスク」だと指摘したゆえんである。
昨年発覚し、大きな社会的批判を呼んだ関西電力の金銭授受問題もまた、原発リプレースのゆくえと深くかかわっている。
日本の原子力開発は、「国策民営」方式で進められてきた。福島第1原発事故のあと、事故を起こした当事者である東京電力が、福島の被災住民に深く謝罪し、ゼロベースで出直すのは、当然のことである。
ただし、それだけですまないはずである。国策として原発を推進してきた以上、関係する政治家や官僚も、同様にゼロベースで出直すべきである。しかし、彼らは、それを避けたかった。そこで思いついたのが、「たたかれる側からたたく側に回る」という作戦である。
この作戦は、東電を「悪役」として存続させ、政治家や官僚は、その悪者をこらしめる「正義の味方」となる──という構図で成り立っている。
うがった見方かもしれないが、その悪者の役回りは、やがて、東電から電力業界全体、さらには自由化に消極的だった都市ガス業界全体にまで広げられたようである。一方で、政治家や官僚は、火の粉を被るおそれがある原子力問題については、深入りせず先送りする姿勢に徹した。このように考えれば、福島第1原発事故後に政府が、電力システム改革や都市ガスシステム改革には熱心に取り組みながら、原子力政策については明確な方針を打ち出してこなかった理由が理解できる。
熱心に「たたく側」に回ることによって、「たたかれる側」になることを巧妙に回避しようとしたのである。誤解が生じないよう付言すれば、筆者は、電力や都市ガスの小売り全面自由化それ自体については、きわめて有意義な改革だと評価している。
結果として、福島第1原発事故後9年近くが経過したにもかかわらず、原子力政策は漂流したままである。
自滅した関電
次の選挙・次のポストを最重要視する政治家・官僚の視界は、3年先にしか及ばない。しかし、原子力政策を含むエネルギー政策を的確に打ち出すためには、少なくとも30年先を見通す眼力が求められる。このギャップは埋めがたいものがあり、そのため、日本の原子力政策をめぐっては、戦略も司令塔も存在しないという不幸な状況が現出するにいたったのである。
つまり、原子力をめぐる諸問題を解決する主体は、政治家や官僚ではなく、あくまで民間事業者だということになる。原発のリプレースを決断するのも、国や経済産業省ではなく、民間の電力会社しかないわけである。その「民間の電力会社」になりうる唯一に近い存在が、関西電力であった。しかし、金銭授受問題で関電は打撃を受け、首脳陣は総退陣することになった。関電は美浜原発(福井県美浜町)4号機のリプレースを計画しており、これが行き詰まった日本の原子力政策を変えるゲームチェンジャーの可能性を秘めていた。老朽原発を廃棄し、危険性が低い原発に置き換えつつ依存度低下を進めるという現実的な政策へのゲームチェンジャーという役割が期待された。しかし、そのリプレースを切り出す主体が舞台から退場し、日本の原子力発電の未来は閉ざされることになった。この点こそが、関電金銭授受問題の本質なのである。
リアリズムの選択表
原子力政策を含む日本のエネルギー政策をめぐって、これ以上、「戦略も司令塔も存在しない」状況を放置するわけにはいかない。エネルギー基本計画は3~4年ごとに改定されるから、20年度中にも第6次エネルギー基本計画の策定をめぐる議論が始まる可能性が高い。その際には、今度こそ、「30年に原発比率20~22%」などという実現できっこない絵空事ではなく、リアリズムに立脚した検討が必要となる。
その際、有効だと思われるのは、(1)「原発無し、石炭火力無し」、(2)「原発無し、石炭火力有り」、(3)「原発有り、石炭火力無し」、(4)「原発有り、石炭火力有り」という四つのシナリオを想定し、それぞれのケースで、エネルギー政策の基本となる「S+3E」について、何が問題になるかを直視するアプローチである。「S+3E」とは、セーフティー(危険性の最小化)、エネルギー・セキュリティー(エネルギーの安定供給)、エコノミック・エフィシェンシー(経済効率性の向上)、エンバイロメント(地球温暖化対策の推進)、のことである。
表は、このような観点から、筆者の評価をまとめたものである。〇は問題があまりないことを示し、×は問題が大いにあることを示す。
再生可能エネルギーの比率が高くなる(1)と(3)のシナリオには、「経済効率性」に×をつけざるをえない。再エネのコストは海外では下がっているとはいえ、国内ではまだまだ高いからである。
原発を使い続ける(3)と(4)のシナリオでは、リプレースが打ち出されていない以上、「危険性の最小化」に×を付すことになる。石炭火力を使う(2)と(4)のシナリオには、石炭が排出する二酸化炭素を回収・貯留する技術(CCS)が進展しない限り「温暖化対策」に×がつくし、逆に石炭火力を使わない(1)と(3)のシナリオには、「安定供給」に×が付される。
これらの×をいかに解消するかが、リアルなエネルギー政策のポイントとなる。
現時点での筆者の見立てでは、50年時点でも、(4)のシナリオが最も有力である。ただし、電源構成は、再生可能エネルギー50%、火力40%、原子力10%となり、「再エネ主力電源化」が達成される。もちろんこの見立てがリアリティーを持つためには、再エネのコスト低減、火力発電におけるCCSの徹底、原発のリプレースという、三つの課題が達成されていなければならない。
(橘川武郎・東京理科大学大学院経営学研究科教授)