金融政策左右する物価の「勢い」に陰り=愛宕伸康
新型コロナウイルスが市場で猛威を振るっている。世界各地に感染が広がり、景気への影響が意識され始めると、世界中で株価が急落。米連邦準備制度理事会(FRB)は緊急利下げに追い込まれた。しかし、市場はまだ影響を完全に織り込めてはいない。経済指標の具体的な姿が明らかになるにつれ、改めて影響を織り込み直すフェーズに入るだろう。
それでは日本経済への影響はどの程度なのか。2020年1〜3月期の実質国内総生産(GDP)は、昨年10〜12月期が消費税率引き上げなどの影響で前期比マイナス1・8%となった反動から、97年7〜9月期や14年7〜9月期がそうであったように、プラス成長に復帰すると見込まれていた。
だが降って湧いた新型肺炎で、2四半期連続のマイナス成長を余儀なくされる可能性が高い。サプライチェーンを通じた生産への影響に加え、中国向け輸出やインバウンドの減少、イベント中止、出張や外出自粛による消費の低迷、不確実性の高まりに伴う設備投資先送りなど、幅広くマクロ経済に影響を及ぼすと考えられる。
こうした景気下振れは当然、マクロ的な需給バランスの悪化を通じて物価にも波及する。日銀がマクロの需給バランスに注目するのはこのためだ。直近の金融政策決定会合の声明文には「先行き、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれるおそれが高まる場合には、躊躇(ちゅうちょ)なく、追加的な金融緩和措置を講じる」とある。
モメンタムとは「勢い」のことで、その評価に当たり日銀は、マクロ的需給ギャップと中長期的な予想物価上昇率を重視(19年10月金融政策決定会合の声明文)している。これらがプラスを維持していることが、現状維持という政策決定のよりどころとなっているが、それが怪しくなりつつある。
指標は物価下落を反映
まず、マクロの需給バランスを示すGDPギャップ(内閣府ベース)を推計すると(図1)、19年10〜12月期がマイナス1・8%、20年1〜3月期がマイナス2・3%。成長率の落ち込み次第では、これでも甘いかもしれない。また、市場の予想物価上昇率であるブレークイーブンインフレ率(BEI、固定利付債と物価連動国債の利回り差)を見ると(図2)、今年に入って5年物、10年物ともプラス幅が縮小傾向をたどり、足元ではすでに消費者物価の下落を織り込み始めている。
もちろん、参考指標はこれだけではないが、果たしてこのまま「『物価安定の目標』に向けたモメンタムが維持されている」と言い張れるのか、それとも追加緩和に踏み切るのか、注目される。
(愛宕伸康・岡三証券チーフエコノミスト)