テクノロジー量子暗号がすごい

東芝は夏以降に事業化へ NECも光伝送で高技術=種市房子

    東芝の量子暗号鍵情報送受信機(同社提供)
    東芝の量子暗号鍵情報送受信機(同社提供)

     量子暗号を事業化する動きが出ている。

     東芝は今年1月、仙台市内の7キロメートル離れた2拠点間で、数百ギガバイトを超えるゲノム配列データを量子暗号通信で伝送する実証実験に成功したと発表した。ゲノム情報は、究極の個人情報であり、データ量も膨大であるため伝送には課題が多かったが、東芝は高速・大容量で暗号鍵を生成・伝送できる独自技術によって、量子暗号がゲノム研究分野では実用化レベルに達したことを実証した。

    「世界一」記録持つ東芝

     こうした実績を引っ提げて、東芝は今年夏以降に、量子暗号サービスを事業化する計画だ。

     東芝は量子暗号技術で複数の「世界一」記録を持つ。まず、鍵の配送速度だ。東芝は1991年から、量子暗号の基礎研究となる光子(光の粒)やその光源の研究・開発を進めてきた。この過程で2008年には、量子鍵配送で当時世界最速の毎秒1メガビット(伝送距離20キロメートル)に到達、その後も世界最速を更新し続けてきた。18年には仙台市内で、7キロメートルの光ファイバー網を使って量子鍵配送の実証実験を行い、毎秒10メガビットの配送にも成功し、これが現在の世界最高速となっている。

     一定期間における鍵の総配信量でも世界一の記録を持つ。14年に、世界最大の1日当たり鍵配信量(25・8ギガビット)を達成した。その後、18年の実験でも、14年当時の1日当たりの鍵配信量記録を更新し、かつ1カ月以上の長期安定運用に成功した。この間の、連続した1カ月当たりの鍵配信量も世界最大となった。

     鍵配送の速度を高めるには、受信側で、暗号鍵情報を乗せた光子をいかに精緻に検出するかが重要だ。しかし、光子は微弱である上、伝送途中に光信号に一定程度のノイズが入る。東芝は、精緻な光子検出が可能な半導体「APD(アバランシェ・フォトダイオード)」に、ノイズを除去する回路技術を組み合わせて、検出効率と動作速度を向上させた。

     また、暗号鍵情報を処理して暗号鍵を生成する過程では、大規模な演算が必要だ。東芝は、この演算を高速に効率的に実行するアルゴリズム(計算手法)を開発した。主にこの二つの技術を使って、高速での鍵配送が可能になった。単位時間当たりの配送速度が高いことは、大容量化にもつながる。

     ただし、短期間だけ高速・大容量の量子鍵配送をできても、即事業化とはいかない。光ファイバー内には、常時、ファイバーへの天候影響やファイバー内での散乱によってノイズが生じ、伝搬する光に乱れが生じる。量子暗号サービスを長期安定運用するには、常時、光ファイバーの環境変化を監視しながら、光を正常に整える必要がある。東芝は、この制御技術も開発した。概要は(1)送信側から、暗号鍵情報とは別に一定量の「安定化パルス」を送る、(2)受信側で、届いた「安定化パルス」の乱れを検知して、(3)乱れの情報を基にシステム全体を安定化するように制御する、というものだ。

     同社のQKD事業推進プロジェクトチームの村井信哉プロジェクトマネージャーは「今、量子暗号の事業化が注目される理由の一つは、量子コンピューターに対抗できる手段であること。そして、光ファイバーに環境変化が生じる状況でも、長期運用できることを実証したことだ。当社の技術ならば、既設のファイバー網で量子暗号技術を導入できる」と語る。

     東芝は、日欧米を有力市場とみて、市場調査を進めている。送受信の機器を売り切り販売するのではなく、機器を使った量子暗号鍵配送サービスを提供するという事業モデルを描く。QKD事業推進プロジェクトチームの江島克郎サブプロジェクトマネージャーによると、欧米の金融事業社などのCISO(最高情報セキュリティー責任者)から「東芝のシステムについて話を聞きたい」という問い合わせがあったという。

    光をノイズ抑制

     NECも、技術開発に取り組む。19年10月、顔認証時に使うデータを、東京都内にある45キロメートルのネットワークで量子暗号を使って配送・保管する実証実験に成功したと発表した。情報通信研究機構(NICT)との共同研究だ。

    NECのPLC干渉計(同社提供)
    NECのPLC干渉計(同社提供)

     同社も光子信号送受信のハード・ソフト、暗号鍵情報の処理などで研究開発をしているが、中でも注目されるのが、光ファイバーを伝搬する光のノイズを抑制するシステムだ。送受信双方の回路に、同社独自開発の「PLC干渉計」というシリコン基板を組み込み、ノイズを抑制する。

     NECは東京都多摩地区にある総延長22キロメートルの実験用光ファイバーを用いて実証実験をしたところ、量子鍵情報のエラー率を表す「QBER(キューバー)」が、世界標準では4%以下であるのに対して2%以下に抑えられた。同社のナショナルセキュリティ・ソリューション事業部の飯塚浩巳シニアエキスパートは「量子暗号にとってノイズは一番の敵。それを抑制できる回路を開発した。量子暗号事業化に向けては、高速・大容量化でまだ課題も多いが、応用産業は幅広い」と話している。

    (種市房子・編集部)

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