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教養・歴史 書評

『アートシンキング 未知の領域が生まれるビジネス思考術』 評者・藤原裕之

著者 エイミー・ウィテカー(ニューヨーク大学助教授) 訳者 不二淑子 編集 電通 京都ビジネスアクセラレーションセンター ハーパーコリンズ・ジャパン 1700円

「問い」を起点として創造的価値を生み出す

 機能的価値より意味的価値の創出へ。低収益に苦しむ多くの日本企業に突き付けられた根本課題である。その意味的価値のキーワードとして必ず登場するのが「アート」だ。しかしこのアートという言葉、アート思考やデザイン思考など関連著書は多数あっても今一歩腹落ちしないと感じている人は多い。なぜアート的な思考をビジネスに盛り込む必要があるのか。MBA(経営学修士)とMFA(美術学修士)の両方を取得する著者は、アートの本質とアート思考に必要な要素を体系立てて提示することでアートの持つもやもや感を見事に払拭(ふっしょく)してくれる。

 ビジネスで創造的価値を生み出すには、人生を一つの風景と見立て、その中に「スタジオタイム」という専用のスペースを確保する必要があると著者は言う。スペースの内側には、草むらの中を歩くような不安が伴う。地図もない草むらの中で未知のB地点に向かって力を与えてくれるのが「問い」だ。著者はこれを「灯台の問い」と呼び、外部ではなく個人の内部から発せられる「問い」を起点としたプロセスにこそアートシンキングの核心があると説く。

 著者はビジネスモデルの構築も創造的プロセスの一部と捉える。創造的プロジェクトという「手紙」を入れる「封筒」がビジネスモデルだ。草むらの中で灯台の問いを追求し続けるには、失敗と成功のリスクを管理し、ボートが転覆しないようバランスを保つことが重要となる。組織のマネジャーの役割は上から目線の導師ではなく、メンバーが安心して探求できる母親のような存在と主張する。

 こうしたフレームワークを読者の腹に落としてくれるのが、山口周氏のまえがきと日本人識者7人による事例紹介だ。識者の小笠原治氏は、ゼロから新しい何かを生み出す「0−1」ステージにはアートシンキング、「1−n」ないし「1−10」まで持っていくにはデザイン思考、さらに100までいくのがMBA的なマーケティングの仕事と解説する。草むらの中の灯台の問いは「0−1」ステージに、失敗と成功のリスク管理はマーケティングの仕事に対応し、著者と識者の解説が密接にリンクする。著者の作った曲を7人の識者が見事に演奏するようなイメージだ。本書はビジネス書であると同時に我々の生き方に関する指南書でもある。ライフとワークに垣根を設けず、自身の内部から発せられる問いに向かってまっすぐ生きる。そんな勇気ある一歩を踏み出したい人に贈りたい一冊だ。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


 Amy Whitaker グッゲンハイム美術館、MoMA(ニューヨーク近代美術館)などアート施設の勤務を経て、美術館のアーティスト養成所や美術大学で経営学を教える。サラ・ベルドーネ作家賞受章。

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