教養・歴史ワイドインタビュー問答有用

本と人とをつなぐ=辻山良雄・書店「Title」店主/791

    「Title」の書棚は“予期せぬ出会い”に満ちている 撮影=佐々木 龍
    「Title」の書棚は“予期せぬ出会い”に満ちている 撮影=佐々木 龍

    「ネットや大型店とは違う“体験”を提供」

    「魚を知っている魚屋で買うように、これからは本を知っている人から本を買う時代になるでしょう」

    「出版不況」などと言われる中でも、魅力の詰まった本はたくさんある。また、魅力の詰まった本との出会いを求める人もたくさんいる。辻山良雄さんが店主を務める東京・荻窪の小さな書店「Title」(タイトル)は、そうした本と人とをつなぐ場だ。

    (聞き手=竹縄昌・ジャーナリスト)

    ── 東京・荻窪に書店「Title」を開いて5年目に入りました。

    撮影=佐々木 龍
    撮影=佐々木 龍

    辻山 早かったな、と思います。でも、その間、お店で変わったことはほとんどないんです。書籍の並べ方は開店当時と同じで、改装もしていません。でも、置いてある本はその時々で変わってますし、2階のギャラリーでいろんな方の作品を展示したり、1階でトークイベントも開いたり。そういうことを続けていると、お店自体が熟成されているな、と感じています。

    ── 最近はどんなイベントを?

    辻山 定員30人程度のイベントを毎月3、4回ほど開いていて、昨年11月に作家のいしいしんじさんを招いて小説集『マリアさま』を語り合ったイベントなど、告知してすぐ定員が埋まることも少なくありません。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、4月9日から当面、店頭での営業やイベントを休止しました。遠方から来てくれるお客さんも多かったので、残念ですが仕方がありません。

    ── 遠方とは、どのあたりからですか。

    辻山 国内なら北海道から沖縄まで。京都の方で年2回の出張のついでに来られる方もいます。また、新型コロナの感染拡大で渡航制限される前は韓国、台湾からのお客さんも来ていました。アジアの国々でも個人営業の書店がブームになっていて、そうしたファン向けの日本のガイドやサイトが充実しているので、それを見て来店するのだと思います。

    あえて「駅遠」の立地

     辻山さんが経営する書店「Title」はJR荻窪駅から徒歩十数分の青梅街道沿いにある。築70年の2階建て店舗兼住宅を改造して、1階は60平方メートルの店舗と妻の綾子さん(44)が切り盛りするカフェを併設。棚には4000点が背表紙を並べ、在庫を含めると常時約1万冊がある。特徴的なのは、ベストセラーに頼らない品ぞろえや独自のイベント、2階のミニギャラリー(17平方メートル)で開催するイラストなどの展示会だ。 人文書や専門書も充実し、時代が求める本を辻山さんがセレクト。豊かな感受性でつづった米詩人・小説家メイ・サートンの『独り居の日記』(みすず書房、2016年9月)は3740円(税込み)ながら、これまで100冊以上を販売した。今年1月に発売された米SF作家のアーシュラ・K・ル=グウィンのエッセー集『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて』(河出書房新社)は月30冊ほどが売れ、「コロナ禍の中で自分の大切なものを見つめ直したい人が購入している」(辻山さん)という。

    ******訂正しました******

    米詩人・小説家メイ・サートンの『70歳の日記』(みすず書房、2016年7月)とあるのは、

    『独り居の日記』(2016年9月)の誤りでした。

    ── 本棚の並べ方によって予期せぬ本に出会えるのが書店の魅力ですね。

    辻山 そうですね。大型店だと目的のジャンルだけで完結しがちで、たとえば美術が好きな人は美術の棚に行って買って帰る。でも、うちの店ぐらいの広さなら、ぐるっと一回りするだけで、美術だけでなく科学や哲学などいろんなジャンルが見渡せます。そこで自分の関心に近い書物を発見できたり、自費出版やリトルプレス(小出版)の書物に触れたりする機会があり、ネット書店や大型書店とはちょっと違う体験ができます。

    ── 駅から遠い場所を選んだのは?

    辻山 商売上は駅前の方が有利に思われがちですが、本に関心のない人がパーっと手に取って帰るだけのことが多いのです。そうしたお客さんには申し訳ないのですが、こちらは「荒らされる」という感覚になります。駅から少し離れた場所こそ、本当に来たい人に落ち着いて本を選んでもらえる環境ができるんです。それは大きなメリットであり、うちのような店には向いているロケーションだと思います。

    ── 開店した年の秋には、ウェブ通販も始めました。

    辻山 Titleのウェブ通販は本によって300円や500円の送料がかかり、1万円以上の購入で送料無料としていますが、送料を無料とする大手通販サイトがある中でも、わざわざうちから購入してくれるお客さんが大勢います。店頭での営業は休止していても、通販での注文はむしろ増えていて、1日に何十件と注文をいただくので、配送作業で結構忙しいんですよ(笑)。

    ── 辻山さんはもともと「文学少年」だったんですか。

    辻山 そうですね。子供のころは図鑑が好きで、兄弟が持っていた学習漫画30巻を読破したり、両親の部屋にも文庫本がたくさん置いてあったので、「本は良いもの」と思っていました。一浪して早稲田大学に入学しましたが、浪人中は実家のある神戸市から大阪の予備校までの電車内で本を読んでいました。歴史小説から入り、サリンジャー、フィッツジェラルドなど米作家の小説や、ロシア文学、ポストモダンまで、ジャンルは幅広かったですね。

    リブロを退社し独立

    ── 大学卒業後の1997年には、セゾングループで文化の発信拠点の一つとなった書店チェーン「リブロ」に入社します。

    辻山 学生時代に過ごした早稲田かいわいは、古本屋街や大きい新刊書店があって、毎日どこかしらに寄っていくのが好きでした。池袋にあったリブロ本店も住んでいた雑司が谷からよく通っていて、現代思想やアートなど当時あまり見たことがないような本を先端的に売っていたんです。その印象がすごく強くて、「本屋ってかっこいいんだ」と単純に思わせてくれたのが当時のリブロでした。

    ── リブロ入社後はどんな仕事を?

    辻山 郊外のショッピングセンターの中にある大泉店(東京都練馬区)に配属されました。現代思想だ、アートだ、なんて言ってる店が、学習参考書や辞書を山ほど売り、『コロコロコミック』みたいな漫画雑誌も扱うわけですから、これもリブロなのかって思いますよね。ただ、この大泉店での仕事を通して、求める人に求めるものを渡すのが本屋の仕事だなって、体験的に分かったんです。

    ── どういうことでしょうか。

    辻山 来店するおじいさんや子供は、東京・青山あたりでカッコよく歩いているような人ではないけれど、やっぱり同じ今を生きている人。そういう人たちの中に本屋があるんだと気づかされ、ガーンと殴られたような思いでした。福岡や名古屋などで副店長や店長を務め、09年に池袋本店にマネジャーとして赴任した後は、ジャンル横断の棚を人文書のフロアに設けて、哲学者の國分功一郎さんら当時の若手思想家に光を当てるようなブックフェアやトークイベントを展開したり、漫画家の萩尾望都さんら著名な漫画家の原画展などを企画したりしていました。

    ── リブロは03年、日本出版販売(日販)が親会社となり、出版販売界の複雑な事情がささやかれる中で、15年7月には池袋本店を閉店します。

    リブロの池袋本店閉店当日に、本店の前で=2015年7月20日(辻山良雄さん提供)
    リブロの池袋本店閉店当日に、本店の前で=2015年7月20日(辻山良雄さん提供)

    辻山 私がリブロを退社したのは15年10月ですが、ほかにもタイミングがあったんです。当時、母ががんで闘病しており、次第に悪化していました。看病で訪ねた病室から外を見ると、会社で忙しく働いているのとは違う時間、いろんな時間の流れ方があるなと、自分の人生を見直すきっかけになりました。池袋本店がなくなるという話を聞いた後で、母が亡くなり、ちょっとした遺産を残しました。ということは、「店をやれ」っていうことかなと思ったんです。入社時から独立を考えていたわけではないのですが、それが転換点でした。

     独立を決めた辻山さんは、出店の候補地を求めて各地を巡り、作家や編集者が多く住むJR中央線沿線で好物件と出合った荻窪に決めた。店名は妻の綾子さんがふと口にした「タイトル」がきっかけ。物事の始まりをイメージさせ、本の表紙のような印象が店名にふさわしいと思えたからだ。綾子さんは飲食店で働いた経験が長く、カフェを併設したのは「妻と一緒に働きたいと考えていた。一つ屋根の下の奥にカフェがあるのが我々らしいかなと思った」と辻山さんは言う。

    ── 全国出版協会・出版科学研究所の調査によれば、19年の紙の出版市場は1兆2360億円と15年連続のマイナスで、書店数も減り続けています。

    辻山 紙の出版市場の数字としては、その通りでしょう。それは人口減少とも比例しているし、生活圏内に書店のない地域が増えたりもしています。けれど、その中でも売れている本はたくさんあるんです。書店の売り上げとは、面白そうな本を見つけて紹介する努力の足し算。Titleの売り上げや利益は、少しずつですが毎年伸びていて、手ごたえをつかんでいます。

    モノとして残る記憶

    ── これからの書店に求められるものとは?

    辻山 これまでなら、店主が知らない本でも、みんなが読んでいる本、売れている本をとりあえず置いておけば商売になりました。書店が町からどんどん消えて本を買うこと自体が日常ではなくなると、書店が“専門店化”していくと考えています。魚に詳しくて安心できる魚屋さんから魚を買うように、これからは本を求める人が本を知っている人、安心できる人から買う時代になっていくでしょう。メガストアも残るかもしれませんが、私はあくまで本の内容にこだわり、トークイベントなど生の体験に触れる機会を増やしていきたいですね。

    ── 若い人から「書店を開きたい」という相談もあるそうですね。

    辻山 いきなり始めて商売になるはずがありません。「1年でもいいからいろんなアルバイトをしたりして、経験を積んでからの方がいいよ」と言っています。自分が本好きだから本屋をやるといっても、要は自分が好きな本しか知らないんですよ。店頭に並べている本の裏側に“蓄積”がないと、表面が薄っぺらになる。だから、いろんなものを見たり知ったりすることは絶対に必要です。別の本業を持って週末だけ本屋をやるダブルワークの若い人もいるように、さまざまな経験を通して自分の道ができていくんだと思います。

    ── 改めて、辻山さんにとって本の魅力とは何でしょうか。

    辻山 情報を得るだけなら、スマートフォンでもそれほど変わりません。ただ、紙の本は手に取って触ることができるという体験の存在感が大きい。スマホで得た情報は新しい情報を蓄積するにつれて忘れていってしまいますが、一冊の本は装丁を含めてモノとして記憶に残るんです。自分の家の書棚を眺めると、「あの時はこんなことを考えていたな」と人生を振り返ることもできますしね。私は毎朝、店に来るまでの1時間程度を読書の時間に充てるようにしています。

    ── 今後の目標は何ですか。

    辻山 年次目標みたいなものを持っているわけではなく、あえて言えば「続けること」ですね。事業として「広げる」のではなく、続けることで自分の心身とお客さんとの良い関係を築けるんだと思っています。これが「5年後に10店舗」みたいな目的を持つと、経済原理で動いてしまって無理も出てくるし、情緒的なものや人とのコミュニケーションを犠牲にすることになります。それでは独立してやる意味がないし、最終的には幸せに生きることが、お金よりも絶対に大事なこと。そう信じています。


     ●プロフィール●

    つじやま・よしお

     1972年、神戸市生まれ。97年早稲田大学政経学部卒、リブロ入社。大泉店(東京都練馬区)を振り出しに福岡、広島、名古屋の店舗で副店長、店長などを務め、 2009年に東京・池袋の池袋本店マネジャー。15年10月に退職し、16年1月に東京・荻窪に「Title」を開店。著書に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)など。Titleのホームページhttps://www.title-books.com。

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    12月8日号

    もうかるEV(電気自動車)、電池、モーター14 「電動化」が業績・株価を左右 「次の勝者」探しも活発化 ■神崎 修一/桑子 かつ代/斎藤 信世16 巨人の焦り トヨタから「自動車」が消える日 ■井上 久男18 自動車部品 日本電産が台風の目に ■遠藤 功治20 図解 EV用電池「国盗り物語」 ■編集 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事