マーケット・金融

なぜバフェットは「ゴールドマンサックス株」を手放したのか=立沢賢一(元HSBC証券会社社長、京都橘大学客員教授、実業家)

「周りが恐れているときに貪欲になれ」と言うバフェット氏(Bloomberg)
「周りが恐れているときに貪欲になれ」と言うバフェット氏(Bloomberg)

「バフェットからの手紙」に書かれていた驚くべき内容

今年2月20日に世界一の投資家として知られるウォーレン・バフェットが株主に当てた手紙(「バフェットからの手紙」)には多くのメッセージが込められていました。

「バフェットからの手紙」とは米国の投資持株会社バークシャー・ハサウェイの年次報告書に毎年付けている株主宛ての手紙のことです。

かなり長いのでここでは投資という項目のみについて触れます。

「バフェットからの手紙」データその1
「バフェットからの手紙」データその1

バークシャー・ハサウェイ社が株式投資する企業上位10社の配当金合計は約38億ドルで、内部留保は約83億ドルです。内部留保が配当金合計の2倍以上ある計算になります。

バフェット氏は配当を再投資して「複利の効用」を有効活用していますが、同時に内部留保を再投資して得られる成長、将来の生産性向上とそれによるキャピタルゲインこそ株式投資で最も大事な要素と認識しています。

バークシャー・ハサウェイ社保有株式全体の購入コストは1,103億ドル(約11兆8,021億円)。これに対して2019年末時点の時価総額は合計して2,480億ドル(約26兆5,360億円)ですから、平均すると時価総額は2倍以上になっています。

「バフェットからの手紙」データその2
「バフェットからの手紙」データその2

「金利市場がゼロ金利水準であれば、株式は長期固定金利債券よりずっと優れたパフォーマンスを発揮することは明らかだが、明日株価に何が起こるのか予測不能なので場合によっては50%以上も下落する可能性もある。」

とバフェット氏は語っています。複利の力によって、感情をコントロールできる個人にとっては、株式は長期的には遥かに優れた投資になるのです。

バフェット氏は、現状及び今後のアメリカ経済についても触れましたが、新型コロナウイルスの影響で目先のアメリカ経済の行方はレンジの幅が大きく、どのくらい景気が悪くなるか想像もつかないと言っています。

つまり、彼は最近の市場を席巻している楽観論者とは異なり、寧ろ悲観的になっていると言えます。

しかしながら、同時に、長期的にはアメリカはいかなる危機も乗り越えると断言しています。彼の表現は「基本的にアメリカの成長を止められるものは誰もいない」のスタンスで、「Never bet against America」と、アメリカに「反対」して賭けることをしてはならないと力説します。

バフェットが「銀行株」を放出した意味

さて、5月12日現在、バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイ社の投資資産ポートフォリオはアップルとバンク・オブ・アメリカの2社で投資総額の50%、コカ・コーラ、アメリカンエクスプレス、クラフトハインツとウエルズ・ファーゴ銀行の6銘柄だけで75.4%にも及びます。また、ポートフォリオの主な分散はテクノロジー38.5%、銀行25.61%、食品15.4%、クレジットカード9.3%です。

2020年第1四半期中、バークシャーハサウェイ社は

ゴールドマンサックス株マイナス84%

JPモルガン・チェース株マイナス3%

損害保険会社最大手トラベラーズ株全株売却

石油精製・輸送大手フィリップス株全株売却

デルタ航空、アメリカン航空、ユナイテッド航空、サウスウエスト航空を全株売却

というポートフォリオのリバランシングを行いました。

今回は米大手地銀USバンコープ株1630万ドル(約17.4億円)の売却も公表しました。恐らく今後は全株売却する可能性があると言えます。また、ウェルズ・ファーゴ、ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ(BOA)の持ち分も減らしました。

正直、バフェット氏が銀行株を売却し始めたというのはかなりショッキングな事件でした。中でもゴールドマンサックス社の保有株の84%を売却したのは意味深です。

バフェット氏が銀行株を好む理由は2つあります。

1つ目は、米経済の将来に強気で、その恩恵を最も受ける銀行株には成長性があり、銀行業務は「永遠の」業界だからです。

バフェットは何世紀にもわたって存在するであろう業界で長期の勝者を選ぶのを好みます。「永遠という時間軸」での投資活動を目標としているバフェット氏にとって、銀行は 人々にとって自分のお金を預けるために常に必要な「安全な場所」であり、また企業にとって自分の事業のために借入などで常に必要な業種なのです。 そして、ほとんどの業界が銀行業のような耐久性をこれまでは持ち合わせていませんでした。

2つ目はバフェット氏が割安で銀行株を買える機会に巡り合えたからです。

バークシャー・ハサウェイ社は金融危機時、現在の市場価値の3分の1未満で7億株のバンク・オブ・アメリカ株を購入できました。ゴールドマン・サックス社の出資もまた金融危機の産物でした。

また、バフェット氏が最初に1960年代の銀行パニック時にアメリカン・エキスプレス株を購入し、 さらに、 M&T銀行は1991年の貯蓄とローンの危機をきっかけに購入しました。

ウェルズファーゴ銀行はアメリカで最も収益性が高く効率的な地方銀行ですが、株価が信じられないほど低い評価で取引されていた時に購入することができたのです。

バフェット氏が銀行株の保有率を減らしている理由は何でしょうか?

上述しました通り、新型コロナウイルス終息後の経済活動に関してバフェット氏は悲観的です。

例えば、シェール業界ではホワイティングペトロリウム社、小売業界では、衣料品チェーンのJクルーが倒産し、百貨店業界ではJC Pennyが経営破綻しそうになっています。

(1)今後各業界で倒産が増えれば銀行業界の経営リスクも高まります。また、(2)銀行業界はFRBによるゼロ金利政策で収益環境が厳しくなっているだけでなく、今後景気回復が思うように進まなければ企業倒産件数は増加し、収益性が上向くのにはかなり時間が掛かることから銀行株の低迷が続く、と見ているのが理由と考えられます。

5月2日に開かれたバークシャー・ハサウェイ社の年次株主総会で米デルタ航空など保有する全ての航空株を売却した事を明らかにしました。

「コロナによって世界が変わった。」と発言し、感染終息後も乗客が完全に戻らないと判断したのでしょう。

PERはもはや投資の判断材料にならない

バフェット氏が株式を大量に買い進めた2008年の金融危機後から19年末までの間に、世界中の中央銀行は協調的金融緩和を行いました。

その結果、全世界の社債発行残高は2倍に膨れ上がっている状況にあります。

(1)利益が安定し、(2)PER(株価収益率)が低く、(3)負債がほとんどない企業にこそ投資すべきであるを理念としているバフェット氏は「今、魅力的なものがないので何もしていない」と述べています。

バークシャー・ハサウェイ社は4月に60億ドル程度の株式を売却しましたが、今後の手元資金はさらに増える可能性があるとも発表しています。

現在、FRBの量的緩和による市場介入が米国株式市場を支えるようになり、PERは投資の判断材料として役立たなくなっています。株価は企業業績に連動するというより、中央銀行の資金供給量で決まるようになったと解釈する方が的確なのです。

もしこの先に新型コロナウイルスショックが終焉し、FRBが緊急量的緩和を終了しても、米国では業績に反して株価が上昇する企業が多数出現するでしょう。

とは言え、今後はバフェット氏同様に一般投資家も勝ち馬を見極めるための新たな分析手法が必要になると思われます。

もしかすると、現金比率を引き上げているバフェット氏は正に新時代の投資分析手法を編み出している最中なのかも知れません。

そして、バフェット氏を筆頭に優良企業の株式を購入し長期保有するという手法で成功してきた投資家にとって、米国株への投資は格段に難しい時代に突入したと言っても良いのかも知れません。

立沢賢一(たつざわ・けんいち)

元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資家サロンで優秀な投資家を多数育成している。

投資家サロン https://www.kenichi-tatsuzawa.com/neic

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