教養・歴史書評

中国 何が何やら 日中言語交錯=辻康吾

 中国語を学んだ人ならみなご存じかと思うが、日中両言語の相似と相違から来る笑い話がいろいろとある。日本の工場を訪れた中国人が「油断一秒怪我(けが)一生」という標語を見て驚いた。中国語としてこの標語を読めば「一秒でも油を切らせたら、一生自分を責める」ということになり、日本の労働者の責任感の強さに驚嘆したという。「油断」はともかく、「怪我」は中国語では「自分を責める」という意味になるからである。

 同じく「中国は日本に漢字を教えたのだから授業料を払え」と中国人に言われたら、「現代中国語の7割が日本から入ったのだから改良代を払え」と言い返せばよい。そして日本語の「手紙」は中国語では「トイレットペーパー」、中国語で「人間」は「世間」のことで「人(ひと)」という意味はない。そうした例は枚挙にいとまがないが、事態をさらに錯綜(さくそう)させているのがネット用語である。

 絵文字を含めネット言語の増大は中国人も悩ませているようだ。中国社会科学出版社の『最新網絡交際用語辞典』(2014年)は、ツイッターなどネット上で氾濫する新語を整理したものだが、そこでは中国語、英語、日本語などに由来するなんとも意味不明の言葉が出てくる。同辞典によれば漢字で「宅購族」は日本語の「おたく」でネットショッピングでの買い物をする若者となる。

 またアルファベットでPMと送れば英語の「Pardon Me」だが、PMPなら中国語の「拍馬屁(パイマーピー)」(オベッカを使う)になる。そうした中で私自身が中国ネットをサーフしていて仰天する例を見つけた。それは「啊叻(アロー)」というサイトのタイトルである。もちろん辞書類にはなく、あちこちサーフしまくった揚げ句、これは日本語の「あれっ」という感嘆詞の中国語訳だった。

 すでに触れたように現代中国語には多くの日本語が入り、国名の「中華人民共和国」でさえ「人民」「共和」は日本語からと言われるように、和製漢語がなければ現代中国語は成立しないとさえ言われている。だが私が仰天したのは、和製漢語はすべて「経済」とか「電話」など名詞だけかと思っていたのが、「あれっ」というような感嘆詞まで中国語化していたことであった。言葉ひとつとっても日中のしがらみは深いようだ。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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