経済・企業

政府はなぜ「景気がいいか悪いか」がわからないのか=松本健太郎(データサイエンティスト&マーケター)

    参院財政金融委員会で答弁する麻生太郎副総理兼財務相=国会内で2020年3月26日午後1時32分、川田雅浩撮影
    参院財政金融委員会で答弁する麻生太郎副総理兼財務相=国会内で2020年3月26日午後1時32分、川田雅浩撮影

    消費増税を強行したのは「景況感が見えなかった」から?

    コロナウイルスによる経済への打撃が深刻化しつつある中、「消費税を減税すべきだ」「そもそも消費増税を強行したのは間違いだった」という意見が目立って増えているように思います。

    日本ではかれこれ10年以上も消費税10%への増税を巡る議論が活発に行われてきました。以下は増税前の日経新聞の記事です。

    10月の消費税増税を明記 政府、骨太素案を公表

    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45958770R10C19A6MM8000/

    “政府は11日、経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案を公表した。今年10月に消費税率を10%に引き上げると明記した。

    政府は11日、経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案を公表した。今年10月に消費税率を10%に引き上げると明記した。「海外経済の下方リスクが顕在化する場合には機動的なマクロ経済政策を躊躇(ちゅうちょ)なく実行する」と記し、景気動向次第で経済対策を編成する方針も記した。“

    安倍首相や菅官房長官含め内閣の閣僚は「リーマン・ショック級の出来事が無い限り実施」と繰り返し発言してきました。

    具体的にして抽象的な発言であり、幾人かの政治家が「具体的にはどういう出来事?」と追求してきましたが言質は得られませんでした。

    それもそのはずで、元々から「これ」という正解は無かったと思います。もし何かしらの経済指標をもって提示してしまうと、数字が一人歩きしてしまうからです。

    唯一、口を滑らしたのが麻生大臣です。

    2019年5月14日の参議院財政金融委員会で自民・愛知議員の「リーマン・ショック級が起こらない限り既定路線は堅持するということでありますけれども、(略)少なくとも今はそういう状態ではないんだということを改めて認識を伺いたいと存じます」という質問に対して次のように発言しています。

    “…日本としては、あのとき対応するために、政府としては補正予算を三回組んで、通常予算と併せて一回成立させて、当初予算と一回させて、そこそこ迅速に対応したんだと思いますけれども、少なくとも、ああいったような状況になって、日本として、九七年のアジア通貨危機の経験がありましたので、これはもうえらい勢いで取付け騒ぎが起きるのははっきりしていますので、取付け騒ぎの行き着く先が日本ということになりかねませんので、こっちはこっちでいろいろやらにゃいかぬことがありますので、…”

    途中から「下らん反応したな」とでも思ったのか、話が全然違う方向に飛んでいるようです。

    見方を変えれば、「何度か補正予算を組むぐらいの状況になれば増税はしない」、とも読み取れます。

    ちなみに平成30年度は第2次補正予算を成立させていますから、あと1回補正予算を組んでいたら「リーマンショック級じゃないのか?」と比較されるところでした。危なかったですね、麻生大臣。

    リーマン・ショックが起ころうが、コロナウイルスが蔓延しようが、為政者が「これは違う」と言えば「違う」ということになりかねません。

    逆に、好況感がほんの少し後退しただけでも「これはリーマン・ショック級だ」と言いはることもできそうな雰囲気があります。

    ここで1度冷静になって考えなければならないのは、景況感とはこのように曖昧なものであっていいのか、という点です。

    現在の景気は、どう捉えれば良いのでしょうか?

    「月例経済報告」「景気動向指数」はなぜ真逆の判断になるのか?

    勃興と衰退を寄せては返す波のように繰り返す企業の活動を、総合的に集約した結果が「景気」だと考えてみます。複数の波が入り混じる感じです。

    すると、誰もが認識を一致させられる「景気」という指標があるわけではないことが分かります。

    私たちは目に見えない雰囲気のような「何か」に、実際にはあるんだと仮定し「景気」と名付けて測っているに過ぎません。

    G7各国の景気の測り方を見比べても、全く統一されていません。

    日本政府として公式見解が示される景気判断は毎月提出される「月例経済報告」と「景気動向指数(に基づく基調判断)」が該当します。

    ①月例経済報告は国内外の様々な指標を元に、最終的に「人」が景況感を判断したレポートです。経済全般が総括的に評価されるだけでなく、個人消費、民間設備投資、住宅建設、公共投資、輸出・輸入、生産、物価、雇用情勢、地域経済、海外経済などの動向、さらには先行きの見通しやリスク要因も言及されます。(中には景気動向指数も含まれています)

    ②景気動向指数は景気に関する統計指標を活用した、総合的なインデックスです。人為的な思考は入り込まず、かなり「機械的」に判断されます。

    詳しい説明は以下の内閣府のページが分かりやすく書かれているので、参照してください。ざっくり言えば、量を把握するCIと波及テンポを把握するDIの2種類があるけど、景気変動の大きさや量感を把握するために2008年からCIを重視してるよ、という感じです。

    景気動向指数の利用の手引 - 内閣府

    https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di3.html

    景気動向指数には、①現在の景気とほぼ一致して変動する一致指数、②一致指数より数ヶ月先行して変動する先行指数、③景気や一致指数の影響を受けて変動する遅行指数、大きく分けて3種類の指数が存在します。それぞれの指数は9~11の経済統計を元に、2015年を100としたインデックスが作成されています。「だいたいの動向を示している」と見ればいいでしょう。

    基調判断は、景気動向指数のうち一致指数を用いて判断します。「ⅭIによる景気の基調判断」では詳細な判断基準が発表されており、人為的な判断が入り込む余地は無さそうです。

    一致指数、一致指数に基づくそれぞれ3ヶ月後方移動平均、7ヶ月後方移動平均を算出し、安倍政権後の推移を見てみました。

    ちなみに景気動向指数の数字は2015年7月に第11次改定が行われており、それ以前の数字と以下の数字は必ずしも一致しません。

    さて、2019年5月分の「月例経済報告」レポートには「景気は、輸出や生産の弱さが続いているものの、緩やかに回復している。」と記載されています。つまり現在は「景気拡大期の可能性が高い」と言っています。

    2019年4月分の「景気動向指数」速報レポートでは「基調判断として、景気動向指数(CI一致指数)は、悪化を示している。」と記載されています。つまり現在は「景気後退期の可能性が高い」と言っています。

    あれ? 同じ内閣府から2つのレポートが提出され、全く違う報告が記載されているようです。

    ちなみにカナダやフランスのようなGDPによる判断を下す国もあるようなので、それらにも目を向けてみましょう。というかGDPの方が網羅性は広そうで信憑性も高く感じます。

    2019年6月10日に公表された2019年1-3月期2次速報によると、前期比四半期GDP成長率は0.6%(年率換算2.2%)となりました。こちらは機械的に判断するなら「景気後退期ではない」と言えます。

    「月例経済報告」と「GDP」を見れば景気拡大期、「景気動向指数」を見れば景気後退期となります。この矛盾をどう解決すれば良いのでしょうか?

    そもそも景気動向指数は「製造業」を重視しサービス産業を見ていない!

    当然ながら、多くの人が「どちらかが正しくて、どちらかが間違っている」と考えるでしょう。

    実際に、先ほど紹介した5月14日の参議院財政金融委員会での自民・愛知議員と麻生大臣のやり取りの中で「景気動向指数が前月差でマイナスとなり、基調判断が悪化をしているへと下方修正されたそうでありますけれども、この点についての認識を伺いたい」と愛知議員が質問したところ、次のように答えています。

    (麻生大臣)“これは、景気動向指数というものについては、これは毎月の生産とか雇用とかそういった経済指標を統合したものなんですけれども、いずれにしても、その基調判断というのはあらかじめ機械的に決められている表現がありますので、あれは、そういった意味では悪化を示しているものになるんだと思います、数字はめていきますと。

     それはそれなりのあれなんですけれども、政府としては、いわゆる月例経済報告というのにおきまして様々な景気指標というのを動きを見させていただいて、その背景を理解した上で景気の基調を判断しているというのが我々の基本的な姿勢なんですけれども、このところ輸出の伸びが鈍化してきた中国の関係もあり、鈍化してきましたし、一部の業種がそれに合わせて生産活動を抑えることになりますので弱さが見られてきたという背景から、いろいろな減速などの影響があるものと認識しておりますけれども。“

    景気動向指数に基づく基調判断は「それはそれなりのあれ」だそうで、月例経済報告が基本的な姿勢だと読み取れます。要約すると「機械的に決められている表現で言えば悪化だけど、背景理解など視野を広げれば必ずしもそうとは言えない」になるでしょう。

    となると、景気動向指数及び基づく基調判断は「景況感を掴みきれてい無いポンコツ指数」だというのが、政府の見解ということになるでしょうか。

    では、GDPと比較するとどうなるでしょうか? 四半期GDP成長率と、景気動向指数の伸び率を見比べてみます。

    図1
    図1

    景気動向指数は1か月単位なので、1~3月の3か月中央平均を算出し、四半期GDPの1~3月であれば3か月中央平均の景気動向指数2月時点、4~6月であれば3か月中央平均の景気動向指数5月時点とそれぞれ比較しています。

    基本的には似たような動きをしているように見えますが、33時点中13時点で片方が正なのに片方が負の動きを見せました。約40%です。特に2018年後半に入ってからの乖離が激しいですね。

    現在公表されている四半期GDPは1994年4~6月まで遡れますから、参考までに見てみました。

    図2
    図2

    上下を±5に設定しています。100時点中30時点で片方が正なのに片方が負の動きを見せました。30%です。微妙なズレですね。

    ちなみに全体では平均1.7ポイント(標準偏差1.9ポイント)のズレでした。

    すなわち景気動向指数の一致指数は「現在の景気とほぼ一致して変動する」とは言うものの、①ほぼ一致とは言えズレ幅が大きい、②計測している景気がGDPと違って狭い、このどちらかだと言えます。

    景気動向指数の一致指数の内訳はどうなっているのか見てみましょう。

    ①生産指数(鉱工業)

    ②鉱工業用生産財出荷指数

    ③耐久消費財出荷指数

    ④所定外労働時間指数(調査産業計)

    ⑤投資財出荷指数(除輸送機械)

    ⑥商業販売額(小売業)(前年同月比)

    ⑦商業販売額(卸売業)(前年同月比)

    ⑧営業利益(全産業)

    ⑨有効求人倍率(除学卒)

    資料出所を見れば分かりますが、①②③⑤は鉱工業指数という製造業、いわば第2次産業に掛かる指数です。

    景気判断の9分の4が第2次産業の指数で成り立っているのはいいのでしょうか…?

    日本のGDPのうち、第2次産業が占める割合は25%程度です。70%強が第3次産業であり、そりゃGDPと大きくズレるよな…と感じます。

    「忖度」ばかり論じるのではなく「具体的なデータ」を議論すべき

    「景気」を捉えるために、月例経済報告、景気動向指数、GDPの3種類を紹介しましたが、それぞれをもってしても「正確に景気動向を捉える」ことが何と難しいかが分かります。

    特に後退局面を捉える際、全ての指標が一気に後退するとは考えられず、どれが正確なのかを判断するのは非常に難しい。正確な景気判断はおよそ1年かかると言われる由来がよく分かります。

    機械的な判断と、人による判断。それぞれメリット・デメリットは以下のように分かれます。

    図3
    図3

    それぞれメリット・デメリットの等価交換が成り立ちますので、基本的には補完し合う関係にありますが、悲惨なのは「結論が異なる場合」です。

    データサイエンスの報告会では「あるある」ですね。

    「頂いたデータから導かれるのは、景気後退局面という判断です」

    「う~ん、どうだろう。僕はそうは思わないけど」

    「えぇっ…?」

    「そうですねぇ。データが全てじゃ無いですからね」

    「…(だったら何で発注したの!?)」

    「このデータ入ってないよね。このデータも」

    「…(後出しするなよ!)」

    みたいな現場、皆さんに見覚えありませんか。僕は記憶から抹消したので覚えていませんが何故だか目から涙が出て胸がズキズキします。

    ほんとうに重要なのは「なぜ景気動向指数は悪化としているのに月例経済報告は景気回復としているのか?」ではありません。

    「月例経済報告では補足して景気動向指数では補足し切れていないデータは何か?」です。

    そして「そのデータを加えれば、景気動向指数は改善されるのか?」は至急計算する必要があります。

    国会の論戦でも、そのような議論が必要ではないでしょうか。

    でも実際に交わされているのは、以下のようなものです。

    「人間の恣意的な判断が入る月例経済報告は、官僚が首相に忖度して結論を捻じ曲げているのではないか?」

    野党はそうしたストーリーに落とし込みたいのでしょうが、「具体的にどういうデータが不足しているのか」がわかれば、物事はずっとクリアに良い方向に進むのに、と思わざるを得ません。

    松本健太郎(まつもと・けんたろう)

    1984年生まれ。データサイエンティスト。

    龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。

    2020年7月に新刊『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)を刊行予定。

    著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    12月15日号

    税務調査 コロナでも容赦なし!16 コロナ「中断」から再開 効率化で申告漏れ次々指摘 ■種市 房子19 元国税局芸人に聞く! さんきゅう倉田「手ぶらでは調査から帰らない」23 国税の「最強部隊」 「資料調査課」の実態に迫る ■佐藤 弘幸24 「やりすぎ」注意! 死亡直前の相続税対策に相次ぎ「待った」 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事