新型コロナの「感染爆発」は「人脈が広い人」によって起きる=田中琢真(滋賀大学大学院データサイエンス研究科准教授)
工場操業停止も感染症的に広がる
新型コロナウイルスの世界的流行が続いている。日本でも感染者の発生が相次ぎ、収束が見通せない。
感染症の最大の対策は隔離や疎開や移動制限によって感染者と未感染者の接触を減らすことだ。接触の制限は古くから行われてきた。ボッカチオの『デカメロン』の語り手は1348年のペストの流行で疎開した男女10人だ。ニュートンが万有引力と微積分学を発見したのは1666年にケンブリッジ大学がペストのため閉鎖されたときだという。
もう一つの対策は、感染率(新たに感染する確率)を下げることだ。手洗い・マスク・予防接種がこれにあたる。
接触の制限と感染率の低減が感染症の2大対策だ。これらの対策の有効性はどれほどだろうか。簡単な計算で考えてみたい。
接触数の2乗の平均値
大がかりなシミュレーションでは、感染者・未感染者・潜伏期の人・免疫獲得後の人の増減を計算する。人々の感染率や接触回数は年齢・性別・地域でさまざまであることを計算に入れ、どの地域で感染が広がり、どの年齢・性別の感染者が増えるかを予測する。
しかしここでは、もっと単純化し、次の四つを仮定する(図1)。
第一に、人々は未感染者と感染者の2種類に分けられるとする。もちろん、潜伏期の人や免疫獲得後の人もいるが、省略する。また、感染者と未感染者は年齢・性別・地域で区別しない。
第二に、未感染者と感染者が接触すると、一定の感染率で感染するとする。多数の未感染者がいたとき、彼らが感染者と接触すると、一定の割合で感染者になると考えてもよい。特に感染しやすい人や感染しにくい人はいないとする。
第三に、感染者は一定の確率(治癒率)で未感染者に戻るとする。つまり、免疫を獲得しないとする。ちなみに、免疫が獲得される場合や潜伏期の人がいる場合も結論は大きく変わらない。
第四に、感染は図1のような人と人のネットワークの中で広がるとする。この図では、接触のある人同士が線で結ばれている。たとえば家族や職場の同僚の間に線がある。最初は全員が未感染者(白)で、この中の誰かが感染者(灰色)になると、接触者に感染が広がる。
さらに話を単純にするため、人と人は完全にランダムに接触するとする。実際には友達の友達が友達であるような傾向があるが、このような傾向は無視しよう。
ここまで話を単純にすると、感染が拡大するか、収束するかを簡単に見積もれる。
どの人も接触する人数が同じなら特に簡単だ。すなわち、感染率(厳密には感染率と治癒率の比)と1人が接触する人数の積が1より大きければ感染が拡大し、1より小さければ収束する。もしすべての人が5人ずつと接触して、一つの接触での感染率が30%なら、5×0・3=1・5で1より大きいので感染は拡大する。もし感染率が10%なら、5×0・1=0・5なので感染はいずれ収束する。
ここまでは、どの人も接触する人数は同じだと考えた。だが、実際には接触する人数は人ごとにさまざまだ。これを考慮に入れると計算式は少々複雑になる。(感染率)×(各人の接触する人数の2乗の平均)÷(各人の接触する人数の平均)が1より大きいか小さいかで拡大か収束かが決まる。
まず、どの人も接触する人数が同じ場合は、前の計算と一致する。感染率が0・1で、どの人も接触するのは5人ずつだとしよう。このとき、接触する人数の2乗は全員25だからその平均も25なので、確かに0・1×25÷5=0・5だ。感染は拡大しない。
もし、全体のうち80%が2人と接触し、20%が17人と接触するとしたらどうだろう。この場合も、接触する人数の平均は5人で前の例と同じだ。しかし、接触する人数の2乗の平均は61で、かなり大きくなる。0・1×61÷5=1・22となり、1より大きいため、感染は拡大してしまう。
つまり、接触が全員同程度の場合(図2A)よりも、接触が平均より極端に多い人(図2Bの太線)がいる場合に、感染は拡大しやすいと分かる。
森林火災は制しやすい
現実の人と人の接触は図2Aと図2Bのどちらに近いのだろう。新型コロナについてはまだ確実なことは言えないが、性感染症について1人が性的に接触する人数を調べた研究がある。この研究によれば、一部の人は非常に多くの人と接触する。つまり、図2Bに近く、感染は拡大しやすい。
ペストは、モンゴル帝国が通商を保護した結果、シルクロードを通じて広がったとされる。現代は、人が非常に多くの人と接触できるから、より感染症が広がりやすい可能性がある。もし多くの人と接触する人を減らせるなら、移動制限は有効だろう。
ところで、同じ計算は、意外なものにも適用できる。新型コロナの前の国際トップニュースはオーストラリアの森林火災だった。ここまでの話は、「感染者」を「燃えている木」、「未感染者」を「燃えていない木」、「感染」を「着火」と読み替えれば、森林火災の話になる。感染症は「燎原(りょうげん)の火のごとく」広がると言われるが、計算上は感染症も火も同じだ。ただし、1本の木は極端に多くの木とは接触しない。つまり、森林火災の広がり方は図2Aに近いから、鎮火活動にも成功の目がある。
感染症に関連してもう一つ、この計算を当てはめられる事象がある。移動制限によるサプライチェーンの混乱だ。工場は、仕入れ元の工場が操業停止すると、操業できない。操業停止はサプライチェーンの上をあたかも感染症のように広がる。連鎖的な操業停止も、感染症と同じように、極端に多くの工場と取引する工場がある場合に広がりやすい。
SNS(交流サイト)では新型コロナのさまざまなうわさが流れている。フォロワーが極端に多い人がいるから間違ったうわさもなかなか消えない。「流言は知者にとどまる」と言うが、フォロワーが多い人が必ずしも知者であるとは言えない。
操業停止もうわさも「感染」する。社会的・経済的影響を考えれば、その予防は感染症予防と同じくらい重要だが、感染症予防と同じくらい難しいと言える。
(本誌〈接触が極端に多い人の存在が鍵=田中琢真〉)
■人物略歴
たなか・たくま
1980年名古屋市生まれ。2005年京都大医学部卒業、09年医学研究科修了。博士(医学)。東京工業大大学院総合理工学研究科助教などを経て、16年滋賀大データサイエンス教育研究センター准教授、17年データサイエンス学部准教授、19年より現職。専門は理論神経科学、非線形科学。
本欄は、渡辺真理子(学習院大学教授)、石山恒貴(法政大学教授)、田中琢真(滋賀大学准教授)、立本博文(筑波大学教授)、茂住政一郎(横浜国立大学准教授)の5氏が交代で執筆します。