経済・企業コロナ恐慌

新型コロナ恐慌が「アベノミクスの化けの皮」を剥がす日=寺島実郎

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 恐怖心が理性を超える時、社会心理は不安に駆り立てられる。その不安をテコに官邸主導の「国難政治」が、日本を奇妙な方向に引っ張っている。正気を取り戻す時である。

「官邸主導」の限界

 3月16日時点で、世界151カ国・地域で16万人を超す感染者が出ており、WHO(世界保健機関)は3月11日に「パンデミック(世界的流行)」を宣言した。これにより東京五輪にオレンジ信号がともった。終息宣言が出ない限り、開催は危うくなり、遅くとも2カ月前の5月末までに終息宣言が求められるが、当然、震源地の中国での終息宣言が不可欠で、皮肉にも中国が東京五輪の「引き金」を握る事態になった。

 安倍晋三首相は3月2日から全国の小中高の休校を要請した。この要請は、海外では日本政府による緊急事態宣言と受け止められ、日本への渡航、日本人の入国制限を加速させる結果となった。文部科学省や厚生労働省の現場を信頼せず、少数の官邸官僚が主導する政策判断が事態を屈折させた。

 いまだ1件の学級閉鎖が起こっているわけでもなく、ウイルス特性が高齢者に多くの発症者をもたらしている現実を考えたならば、学校現場の現実を踏まえた段階的積み上げに基づく意思決定がなされるべきで、議論の方向が「休校に伴う関係者への休業補償」に向かい、数千億円の公的負担が休業補償に投じられる事態となった。3月13日に米国は非常事態宣言を行ったが、目玉政策は500億ドルの国費を検査、医療体制の整備に投入するというもので、今最優先されるべきは、ウイルス検査、医療、研究への資金投入と体制整備であり、休業補償ではない。

「国難」という言葉は、先日までは北朝鮮のミサイル発射に使われ、官邸主導で大騒ぎした揚げ句、米国からの防衛装備品購入拡大という結果に行き着き、本質的解決にはなっていない。政治主導、官邸主導というと「リーダーシップの発揮」として、「やっている感」が印象付けられるが、所掌の現場から乖離(かいり)した偏狭な意思決定に堕す危険がある。

「株高」の幻想

「アベノミクス」といわれる異次元金融緩和を軸にしたインフレ誘導政策も対米過剰同調だけを際立たせる近隣緊張外交も、「官邸レベルの国」に日本をしてしまった。新型コロナ対応も日本の英知を結集した展開にしなければならない。

 日本経済へのインパクトを視界に入れておきたい。新型コロナなどなくとも、アベノミクスは愁嘆場にきていた。出口なき異次元金融緩和を続けてきたため、ここで景気刺激策を打とうにも、政策手段が限られている。これ以上の金融緩和の深掘りも、財政出動も限られている。

 世界的株安連鎖の中で、日本株も乱高下を続けているが、日本は異様な対応を続けている。3月16日、日銀がETF(上場投資信託)買いを年6兆円から12兆円へと拡大すると発表した。中央銀行が直接株式市場に資金を入れること自体、異様なことだが、今や日本の上場株式の筆頭株主が日銀になってしまった。日銀ETF買いの現在のポジションは約29兆円、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の購入分と合わせて、約85兆円の公的資金が株価維持のため投入されてきたことになる。日経平均が1万9500円を割り込むと、公的資金で購入した株は含み損となる。産業の実力以上に景況感を引き上げてきた「株高」幻想が崩れた時が日本経済の本当の正念場である。

 経済人は「マネーゲーム」ではなく、産業の実体を直視しなければならない。19年の日本の実質GDP(国内総生産)成長率は0・7%で、日本の実体経済はアベノミクスの7年間、水面上ギリギリの水準で推移してきたのに、株価だけが「根拠なき熱狂」を続けてきた。我々は、日本の産業現場を直視し、デジタル・トランスフォーメーション(DX)と言われる時代の構造改革戦略を再設計しなければならなくなっている。

 鉄鋼、エレクトロニクス、自動車という日本の基幹産業の実態を直視すべきだ。「鉄は国家なり」と言われた日本製鉄は4基の高炉を止めるという。「技術の日産」は強欲なグローバル経営者によるマネーゲームに翻弄(ほんろう)され、モノつくり日本のシンボルだった東芝は原発事業で大きくつまずき、「ハゲタカ」投資家の犠牲になっている。

国際連帯税の導入を

(出所)経済協力開発機構、国際通貨基金
(出所)経済協力開発機構、国際通貨基金

 気が付けば、創出付加価値の総和である日本のGDPの世界比重は、平成が始まる前年の1988年の16%から、18年には6%にまで下落した(図)。三菱総研の「未来社会構想2050」報告によれば、50年には1・8%にまで埋没するという。金融の水膨れに依存し、危機感なく迷走しているところにコロナが襲っている状況で、コロナは原因でなく、問題の本質をあぶり出したということだ。

 コロナの問題も、政策科学のレベルで対応すべきである。感染症ウイルスの問題は、国境を越えた「移動と交流」の拡大の影の問題であり、いわば「グローバル・リスク」だ。昨年の日本への外国人来訪者は3188万人、日本人出国者は2008万人と5000万人を超す人々が国境を越える。これに伴うリスクを制御する政策が必要なのである。

 例えば、新型コロナウイルスの致死率は、3月16日時点で3・5%(日本は2・0%、WHO)であり、感染力は強いが弱毒性(バイオ・セーフティー・レベル〈BSL〉-2)である。なすべきは致死率7割といわれるエボラ出血熱などの「BSL-4」に対応できる体制を整えることである。

 実は、BSL-4施設(高度安全実験施設)は、世界24カ国に59カ所あるが、日本には国立感染症研究所(東京)の1カ所のみで、ようやく2カ所目が長崎大学に建設中だ。検査、臨床、研究、ワクチン開発、専門人材育成など不可欠の施設であり、少なくとも日本にあと数カ所の建設を推進すべきであろう。

 また、その財源確保のため、グローバル化の恩恵を受ける個人、企業に責任を共有させ「航空券連帯税」「金融取引税」などの欧州が先行している国際連帯税の導入に日本も参画すべきである。

(本誌〈官邸の迷走 新たなグローバル・リスク 根拠ある楽観への視界を=寺島実郎〉)


 ■人物略歴

寺島実郎(日本総合研究所会長)
寺島実郎(日本総合研究所会長)

てらしま・じつろう

 1947年生まれ。73年早稲田大学大学院修了、同年三井物産入社、常務執行役員を経て、2016年4月から現職。

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