国際・政治学者が斬る・視点争点

中間層に冷たい財政が招く分断=茂住政一郎・横浜国立大学准教授

    薄い受益感 他者への不信招く

     日本において、平均的な所得階層であり、政治的多数派かつ主たる財源負担者である中間層の衰退が懸念されて久しい。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、2018年の中位所得は、1992年の549万円から423万円に低下し、18年の平均所得(551・6万円)以下の所得しか得ていない世帯は62・4%に上る。また今後、育児や教育、医療や住宅などに関連する費用負担に加え、社会保険料・租税負担の増加に日本の中間層が直面することが予想されている。ここに新型コロナウイルスの感染拡大に伴う混乱が加わり、中間層の負担感、経済的不安の一層の高まりが予想される状況だ。

     中間層の衰退は世界的な現象だ。経済協力開発機構(OECD)の19年の報告書によると、近年、OECD加盟国の中間層は、所得の低成長と生活コストの上昇、負債の累積、雇用の不安定化などにより疲弊してきた。それと並行して、他者や民主主義、政府に対する中間層の信頼の低下、社会の不安定化、ナショナリズムやポピュリズムの出現が生じた。以上の状況を乗り越える策として、財政を通じた中間層対策が喫緊の課題とされているのである。

    中間層に少ない受益

     以上の説明は即座に米国を想起させる。16年11月のドナルド・トランプの大統領選挙勝利は、ポピュリズム現象の象徴とみなされてきた。その背後には、国家によって「忘れられた」中間層と社会の分断が存在した。今回は、この状況を生んだ米国連邦財政の特質の分析から、中間層対策のあり方を考えたい。

    (注)連邦税は、個人・法人所得税、賃金税、個別消費税。直接給付と連邦税負担、個人所得税負担は2016年の、租税支出は2013年の数値 (出所)Tax Policy Center及びCongressional Budget Office統計より筆者作成
    (注)連邦税は、個人・法人所得税、賃金税、個別消費税。直接給付と連邦税負担、個人所得税負担は2016年の、租税支出は2013年の数値 (出所)Tax Policy Center及びCongressional Budget Office統計より筆者作成

     米国連邦財政は二つの特質を持つ。第一に、小さな租税負担と公的社会支出の下で、中間層以上に税負担が、低所得層に給付が偏る構図だ。米国の18年の総税収と公的社会支出の対GDP(国内総生産)比(それぞれ24・3%、18・7%)は、いずれもOECD平均(34・3%、20・1%)を下回る。次に、図は、全所得者を五分割し、所得階層第1五分位(下位20%)から第5五分位(上位20%)における、給付の受益と税負担の関係を示している。これを見ると、政府支出を通じた直接給付の受益が第1五分位に集中し、中間層が含まれる第2~4五分位には極めて小さい。直接給付の中心が公的医療扶助メディケイドや補助的栄養支援事業などの低所得層向けであるためだ。これに対して、連邦税負担は累進的で、第3五分位以上では給付の受け取りを税負担が上回っているのだ。

     第二の特質は、「租税支出」への歴史的な依存だ。租税支出とは、所得控除や税額控除といった租税特別措置による減税措置を、政府支出を伴う直接給付と同等と捉える概念だ。図を見ると、租税支出の受益は第1・5五分位及び最上位1%に多く、第2~4五分位に少ない。第1五分位に勤労所得税額控除などの低所得層向け措置、第5五分位にはキャピタルゲイン優遇措置などの受益が多いためだ。また、租税支出の受益感は薄く、税制の複雑化、税収の食い潰しを進行させ、目に見える直接給付という形を取らないため、国家の役割を人々の視界から見えにくくしていると批判されているのだ。

     以上の給付と負担の構造のもたらす受益は、中間層には少ない。そのため、米国の中間層の負担感は重く、受益感は薄い。ピュー調査研究所の15年の調査で、「自分が連邦政府から得ているもの」を勘案した場合、40%の回答者が「自らが負うべき負担より多く税を支払っている」と答え、18年の調査では、回答者の61%が「中間層に対する連邦政府の援助が不十分」と答えていたことから、このことが端的にうかがえる。

     以上の米国連邦財政の特質が所得階層間の対立や納税者間の相互不信、政府に対する不信を招いていると指摘するのは、ヴァネッサ・ウィリアムソン(ブルッキングス研究所上級特別研究員)の17年の研究だ。まず、図を見ると、個人所得税負担が負(還付を受けている)の所得階層第2五分位までに直接給付が集中している。ウィリアムソンは、(1)この構造が、低所得層が納税の義務を果たすことなく政府から利益を得ていると多くの納税者に考えさせ、(2)この発想が、非白人層や移民が低所得層であるという通念と結びつき、彼らや、彼らへの給付に対する反発や敵意につながってきたと指摘する。

     他方、改めて図を見ると、賃金税と個別消費税が低中所得層の連邦税負担を引き上げる一方、中間層に対する租税支出の受益は低高所得層に比べて少ない。この構造が、税制に通じている者、特に富裕層に、負うべき税負担の回避を許しているという批判を引き起こしてきたと、ウィリアムソンは指摘する。以上の指摘は、中間層に冷たい財政が、自分の負担と引き換えに他の誰かが得をしていると人々に感じさせ、政府や他者に対する反発や信頼の喪失をもたらすことを示しているのである。

    「満たし合い」が重要

     米国の事例が示すのは、低所得層や中間層を含む「皆」が必要とするさまざまなものを、その財源を「皆」が公平に負担することで満たし合っていると感じられる財政制度の構築が、結果的に中間層対策につながりうるということだ。

     例えば、日本の20年度予算では、「全世代型社会保障制度」の構築に向け、消費増税に伴う増収分を財源に、社会保障の充実が謳(うた)われている。そのうち、0~2歳児の幼児教育・保育と高等教育では住民非課税世帯に、年金生活者支援給付金や介護保険料負担軽減では低所得・低年金収入の高齢者に受益者が限定される。低所得者対策は必要だ。しかし、全ての人が負担する消費税を財源に「全世代型」や「無償化」を謳う以上、収入の多寡で受益者が限定されない給付体系でなければ、中間層以上の同意を得られないだろう。

     そのような給付体系の実現・持続には更なる財源調達が求められる。反発は生じるだろう。しかし、それを私たちが必要だと考えるのであれば、私たち皆が財源を公平に負担し、満たし合っていると感じられる財政制度の構築に向けた議論が必要だ。

     米国の知性史家、マーク・リラ(コロンビア大学教授)は、『リベラル再生宣言』で、皆が同じ社会を共有しており、「共通の利益」を持つという「市民」の意識や「連帯」の意識を米国のリベラルが失ったことが米国の現状につながったと指摘している。今、日本でも、「市民」や「連帯」の意識に従った「共通の利益」を皆で満たし合う制度の形成が求められている。

    (本誌掲載〈中間層に冷たい財政が招く分断=茂住政一郎〉)


     ■人物略歴

    もずみ・せいいちろう

     1987年福岡県生まれ。2015年慶応義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。慶応義塾大学経済学部助教を経て、17年より現職。専門は財政学、財政社会学、米国財政史。

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