【週刊エコノミスト創刊100年キャンペーン実施中】いまなら週刊エコノミストオンラインをお申し込みから3カ月間無料でお読みいただけます!

国際・政治東奔政走

新型コロナによる「五輪延期」の裏側でささやかれる「安倍首相退陣論」=伊藤智永(毎日新聞編集委員・論説委員)

五輪が安倍政権の命取りになりつつある(東京五輪1年前イベントに登壇した安倍晋三首相)=2019年7月
五輪が安倍政権の命取りになりつつある(東京五輪1年前イベントに登壇した安倍晋三首相)=2019年7月

 東京オリンピック・パラリンピックは本当に開けるのか。新型コロナウイルスの感染拡大で世界保健機関(WHO)が3月11日、11年ぶりのパンデミック(世界的大流行)を宣言し、7月の五輪開催に黄信号が点滅している。

「2年延期が現実的」

「(開催は)不可能かもしれない。無観客は考えられない。1年延期した方がいいかもしれない」。3月12日、トランプ米大統領の発言で、延期論は現実的な選択肢になった。翌日、トランプ氏と電話会談した安倍晋三首相はなお開催方針を強調したが、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長も「WHOの助言に従う」と延期をほのめかす。

 先導したのはビジネスの論理だ。「ウイルスは世界中に蔓延(まんえん)している。(強行開催しても)選手が来られなければ、五輪は成立しない。2年の延期が現実的だ」。

 3月10日付の米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(電子版)に、大会組織委員会の高橋治之理事(75)の爆弾発言が流れた。高橋氏は大手広告代理店・電通の元専務。スポーツ・ジャーナリズムで「ブラッター(国際サッカー連盟前会長)に最も近い日本人」の異名を奉られるスポーツ・ビジネス界の大立者である。森喜朗会長らは火消しに追われた。

 ところが、当の高橋氏はその後もメディアに「個人的見解」を繰り返した。「5月下旬に対応を決めるとの声があるが、そんな悠長なことは言ってられない。決断を延ばせば多方面に迷惑が掛かる」として、3月下旬の理事会での提言を表明。無観客開催は「入場料収入は重要な収入源。入らなければ大変な赤字になる」と却下。開催延期については「年内は欧米のプロスポーツ・シーズンと重なる。来年のスポーツ日程はすでに固まっている。2年延期ならできる」。万事ソロバンずくで説得力がある。世論を地ならしするための意図的発信と聞くべきだろう。

 先鞭(せんべん)を付けたのは、IOC最古参のディック・パウンド委員(78)だった。2月下旬から欧米有力メディアに精力的に登場。開催是非の判断期限を「延ばせても5月下旬」と言いだしたのは同氏だ。ロンドンなど他都市での代替開催や分散開催は準備期間が足りず、数カ月延期の年内開催も欧米スポーツ界との関係で難しいと否定。来年に延期ができなければ、中止もあり得るとの見通しを語った。

 IOC理事会は3月初めに緊急声明で全面否定。バッハ会長も臨時記者会見で「東京五輪成功に自信を持っている」と断言したが、メディアは会長よりパウンド氏の発言を大きく報じた。なぜか。

 パウンド氏は元カナダ代表の五輪入賞選手(水泳自由形)。1978年にIOC委員になって以来、オリンピックの商業主義化を進めたサマランチ元会長の下でマーケティング委員長を務め、米テレビ局との巨額スポンサー契約を取り仕切ってきた顔役だ。IOC副会長に2度就任。会長選に立候補して敗れはしたものの、世界反ドーピング機関(WADA)初代委員長も務めた。

 IOC委員の汚職もあってバッハ会長は商業主義路線の改革を進めるが、米テレビ局の影響力はなお絶大だ。東京五輪が猛暑期に縛られ、マラソン開催地が東京から札幌に変更されたのも、スポンサー問題抜きにはあり得ない。パウンド氏が重視されるのは、米テレビ局の意向を反映していると見られているからだ。

 感染症は政治のコントロールが利かず、日程が立てられない。ビジネスが政治に引導を渡すしかない。スポーツ国際政治の修羅場をくぐってきた2人には、その嗅覚が備わっていたに違いない。

 安倍晋三首相は最側近の北村滋国家安全保障局長をはじめ、内閣官房と警察に万全の五輪テロ対策の布陣を敷いたが、ウイルスという古くて新しい「敵」に襲われ、自慢の危機管理体制は機能不全に陥った。唐突な全国一斉休校など社会・経済活動の停滞で世論の矢面に立つ与党内には、これまでと異質な政権への不満が募っている。

「中止なら政治責任」

「万一、五輪中止ということになれば、政治責任ということが持ち上がる」。2月末、自民党の鈴木俊一総務会長が講演で、安倍退陣の可能性に言及した。安倍内閣で五輪担当相を2度務め、鈴木善幸元首相の長男で麻生派副会長でもある。普段は地味だが、それだけにその発言は重みがある。

 小池百合子都知事の私的なブレーンはひそかに「五輪中止・延期」のシミュレーション作りを始めている。7月に改選を迎える政治家のリスク管理として当然だが、それだけではない。関係者が明かす。

「主催者が中止を言い出したら損害保険が下りないかもしれない。日本は言い出せないので、IOCかWHOに勧告してもらうしかないが、その段取りが難しい」

 もちろん政府が急いで改正した新型インフルエンザ等対策特別措置法で緊急事態を宣言する事態になれば即、五輪断念だ。「1年延期なら来年9月の自民党総裁任期と重なって花道になる」との見方がある。だが、それを「花道」とは言わない。政治的には「死に体」だからだ。中止はもちろん延期決定も、事実上の「退陣表明」を意味することになる。

■伊藤智永(毎日新聞編集・論説委員)

(本誌〈五輪開催にともった黄信号 現実味増す「安倍退陣」=伊藤智永)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月20日号

日本経済総予測2023第1部16 GDP成長率はG7中トップ 「眠れる美女」の覚醒に期待 ■谷道 健太/和田 肇19 インタビュー 竹増貞信 ローソン社長 「売上高はコロナ前を回復 冷凍食品や総菜の比率が上昇」20 個人消費 サービス中心に回復続く ■永浜 利広21 古くて新しい消費 家計防衛でコメ [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事